ことばから文字へ

 


【 ことばから文字へ 】

人間が生物学的進化のなかで獲得した類的な能力である人類の言語能力は、ある発明によって、新しい段階に進むことになります。それは、文字の発明です。

人間の言語能力の獲得がいつ起きたかについては、30万年前とか10万年前とか諸説あるようなのですが、文字の利用については、紀元前3000年以前に遡ることはないと思います。メソポタミア、エジプト、中国の古代文明がほぼ同時期に文字の利用を始めます。

人間はその言語能力の発揮のほとんどの時間を、文字無しで、話し聴くことばだけで過ごしてきました。

情報伝達の手段としての、話し聴くことばには弱点があります。話し手の情報が届くのは、同じ時間を話し手と共有して、空間的にはその近くにいた人たちだけです。こうしたコミュニケーションを「共時的コミュニケーション」といます。

それでは、文字を持たなかった人間は、話し聴くことばの、時間的・空間的制約を超えることはできなかったのでしょうか?

そうではないのです。人間は記憶力と人の輪を舞台としたことばによる共時的コミュニケーションの無数の連鎖によって、世代を超える「通時的コミュニケーション」を可能にしてきました。

盲人だったホメロスは、文字を知りませんでしたが、古代ギリシャの英雄たちの物語を伝え続けました、日本でも、平家の物語は、琵琶法師たちの活躍によって口伝えで広まりました、

現代でも、チベットでは、文字数8千万字余り全詩の行数は100万行を超える「ケサル王伝」が口伝で継承されていると言います。信じられない人は、次のビデオをご覧ください。 https://www.youtube.com/watch?v=W5EBxwejDck

スマホ依存症のせいで、人間の記憶力が退化しているのかもしれません。でも、ご心配なく。我らが「言語能力」の本体は、生物学的進化の産物ですので、DNA の「通時的コミュニケーション」の能力を通じて、確実に継承されています。

グーテンベルクの印刷技術にブーストされた文字メディアの発達は、それを我々の「情報共有」と「情報蓄積」の主要なツールへと押し上げました。インターネットの登場は、それをかつてない規模に拡大しました。

インターネットが登場したところで、話はそれで終わりでしょうか? そうではありません。今回の昔話は、機械が言語能力を獲得したことをどう見るのかという話にとって必要なステップです。なぜなら、「ことばの獲得」「文字の利用」に続く第三の歴史的変化が起きつつあるからです。

それに伴う「情報の共有」と「情報の蓄積」をめぐる新しい局面について、次回にお話しします。

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