量子チューリングマシンとBQPクラス

【 量子チューリングマシンとBQPクラス 】

1993年に、Bernstein と Vazirani は、これまでのTuringマシンの拡大である「量子Turingマシン」を新しく定義して、その上で複雑性理論を展開しました。

ここから始まったこの複雑性理論の新しい分野を「量子複雑性理論」と呼びます。量子複雑性理論は、現在の複雑性理論の中心分野です。

量子複雑性理論で最も基本的なクラスは、BQPです。それは、従来の複雑性理論での多項式時間で決定可能な複雑性のクラス P に相当するものです。

ただし、量子Turingマシンの特性として、その出力は古典的なTuringマシンのように常に確定した値を返すのではなく確率分布として与えられます。

BQPは、“Bounded error, Quantum, Polynomial time” の略です。

この Bounded error は、このマシンの出力の「誤り」が一定の確率(一般には 1/3 を使う)以下であることを表しています。

その点では、BQPは古典的な複雑性理論でのBPP (bounded-error probabilistic polynomial time)によく似ています。

【 量子コンピュータの理論的可能性を めぐって先行した議論 】

「量子コンピュータ」は、今から約40年前(1982年)のFeynmanの洞察を発端とします。彼の論文に刺激を受けて DeutschがChurch=Turing Thesis を拡大することを提案します(1985年)。その後、 Vaziraniが量子チューリングマシンを構成し、量子複雑性の基本的クラスBQPを提案します。(1993年)

この間の理論展開は、目覚ましいものです。こうした流れの頂点は、1994年のShorの、量子コンピュータによる素因数分解のアルゴリズムを発見です。「量子コンピュータ」が広く注目され研究者が爆発的に増大します。

このセッションでは、これらの議論の概略を紹介したいと思います。スライドを参照ください。

【 Church = Turing テーゼの拡大 】

この間の議論で注目すべきことは、「計算可能性理論」のエッセンスとしての「Church = T uring テーゼ」の拡大の動きです。

古典的なChurch = Turing テーゼは、次のようなものでした。「計算可能なものは、帰納的チューリングマシンで実行可能なものである」

Deutschは、このテーゼの基礎には、ある暗黙の物理学的主張があると考えます。量子論的なシステムをシミュレートするようなマシンは、それ自身が量子論的な法則に従うべきであり、彼は、チューリングマシンが、物理的な法則に従うべきことを主張します。

「計算可能なものは、物理的な法則に従う物理的なデバイスとしてのチューリングマシンで実行可能なものである」

こうした拡大されたテーゼを「Church = Turing = Deutsch のテーゼ」と言います。

【 「Church = Turing = Deutsch のテーゼ」の視点 】

何か些細な言い換えで、自明なことを付け加えているだけのように思えるかもしれません。そうではないのです。それは、計算科学と数学と物理学の関係の考え方の大きな転換を迫るものなのです。

コンピュータ科学者のKnuth は、かつて計算科学について次のように語ったことがあります。

「数学と同様に、コンピュータサイエンスは、そのなかでは.確実なことは決してわからない自然法則ではなく、証明可能な人工的な法則を扱うという点で、他の科学とは多少異なるだろう。」

彼は、コンピュータサイエンスは、数学に近いものだと言っています。ところが、Deutschは次のように語ります。

「計算理論は従来、純粋数学のトピックとして、ほとんど抽象的に研究されてきた。しかし、これは本質を見誤っている。コンピュータは物理的な物体であり、計算は物理的なプロセスである。コンピュータが何を計算できるか、あるいは何ができないかは、物理法則だけによって決まるのであって、純粋数学によって決まるのではない。」

違いははっきりしています。なかなか面白いですね。 

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ショート・ムービー 「 量子チューリングマシンとBQPクラス 」を公開しました。
https://youtu.be/m7LzhJBT78Q?list=PLQIrJ0f9gMcMT7vxO1dVD00bhzEVLFsBB

スライド 「 量子チューリングマシンとBQPクラス 」のpdf
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「計算複雑性理論入門」まとめページ
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「計算複雑性理論入門」に向けたショート・ムービー再生リスト
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