Church-Turing Thesisの変化と量子情報理論
【 Church-Turing Thesisの変化と量子情報理論 】
このセッションが、今回のセミナーに向けた最後のセッションになります。
このセッションでは、「計算可能性理論」から「計算複雑性理論」への発展を、Church-Turing Thesisの変化・発展として振り返り、あわせてそれが現時点でどのように変化を続けているのかを見ていきたいと思います。
以下は、その大雑把な流れです。
【 1920年代 -- ヒルベルト・プログラム 】
ヒルベルトは、全ての数学的命題の真または偽を決定する方法が存在すること、数学の形式化が矛盾を含まないことが証明しようとしました。
ヒルベルトは、全ての数学的命題の真または偽を決定する方法が存在すること、数学の形式化が矛盾を含まないことが証明しようとしました。
【 1930年代 -- ゲーデルの不完全性定理 】
ゲーデルは、真または偽を決定する方法が存在しない命題が存在すること、また、数学の形式化が矛盾を含まないことの証明が不可能であることを示しました。それはヒルベルトのプログラムが、遂行できないことを意味しました。
【 1950年代 -- チャーチ=チューリングのテーゼ 】
「証明可能=計算可能」なものには限界があることは、1950年代には、チャーチ=チューリングのテーゼとして定式化され、一般に広く認められるようになりました。ただ、それは、我々の認識の「限界」としては、非常に荒い、かつ、抽象的で原理的な限界を与えるもので
しかありませんでした。
【 1970年代 -- 計算複雑性理論の登場 】
クック、レビン、カープらは、計算可能だが実際には手に負えない計算である領域を精緻に分類しようとし、計算複雑性理論が生まれます。「難しい計算」が「易しい計算」には還元できないことを主張する「P = NP ? 問題」は、現在も未解決です。
【 1980年代 -- チャーチ=チューリング=ドイッチェのテーゼ 】
ドイッチェは、ファインマンの自然をシミュレートする量子コンピュータというアイデアに刺激を受けて、計算は、物理的な過程として実現されると主張して、チャーチ=チューリングのテーゼを拡大しました。ただ、80年代は、まだ、量子コンピュータは物理学者の頭の中の概念としてしか存在していませんでした。
【 1990年代 -- 量子複雑性理論とショアのアルゴリズム 】
ベルンシュタインとバジラーニによって、量子複雑性の理論が登場し、BQPという新しい複雑性の概念が提案されます。量子コンピュータに対する関心を飛躍的に高めたショアのアルゴリズムは、このBQPに属するものでした。
【 1990年代 -- 「拡大されたチャーチ=チューリングのテーゼ」 】
その一方で、物理的な世界で計算されるものは、Turingマシンによって多項式時間で計算されるものであるという「拡大されたチャーチ=チューリングのテーゼが、広がります。この定式化が正しいものではないと、広く認められるようになるには、21世紀の「量子超越性」の実証実験を待つ必要がありました。
【 2019年 -- 「量子超越性」の実証実験 】
Googleの実験は、量子コンピュータが古典的コンピュータ(その計算能力はTuringマシンに等しい)を超える計算能力を持つことを示し、拡大されたチャーチ=チューリングのテーゼが成り立たないことを示しました。
【 Church-Turing Thesis の変化から学ぶもの 】
Church-Turing Thesis の変化は、我々の数学の見方を大きく変えただけではなく、我々の物理学の見方をも大きく変えようとしています。
こうした Church-Turing Thesis の変化から、我々は何を学ぶことが出来るのでしょう?
あらためてこのセミナーのはじめに述べたことを確認したいと思います。
----------------------
私たちは、「機械の知能は、どこまで発展しうるのか?」という問題を考える必要があります。
重要なことは、その問題は、「我々人間の認識は、どこまで発展しうるのか?」という問題と同時に提起されているということです。
楽観論者も悲観論者も入り混じっているのですが、我々がそうした問題の前に立たされていることは、多くの人が、感じていることだと思います。
「計算複雑性理論」は、人間の数学的な認識能力の拡大とその限界を「現実的」に境界付けようという理論なのですが、その理論は、基本的に、「チャーチ=チューリング・テーゼ」に基づいて、計算という人間の数学的能力に「チューリング・マシン」という機械的なモデルを与えることで展開します。
それは、人間が可能な計算の現実的な限界の理論であると同時に、そのモデルである機械が可能な計算の限界の理論でもあるのです。
それは、人間の認識の限界の理論であると同時に、機械の認識の限界の理論でもあるのです。
「計算複雑性理論」が示すそうした視点は、我々が今考えるべき、機械と人間の認識能力の発展の可能性について、また、機械と人間の未来での関係について、多くの示唆を与えると僕は考えています。
------------------------------------
セミナー申し込みページ
https://computer-math2.peatix.com/view
ショート・ムービー 「 Church-Turing Thesisの変化と量子情報理論 」を公開しました。
https://youtu.be/NgZWviKPLs4?list=PLQIrJ0f9gMcMT7vxO1dVD00bhzEVLFsBB
スライド 「 Church-Turing Thesisの変化と量子情報理論 」のpdf
https://drive.google.com/file/d/1Np87gmkxLjhtQZVCrhtbS_A4QbhQQHVx/view?usp=sharing
このblogのリンク
https://maruyama097.blogspot.com/2024/09/church-turing-thesis.html
「計算複雑性理論入門」まとめページ
https://www.marulabo.net/docs/computer-math2/
「計算複雑性理論入門」に向けたショート・ムービー再生リスト
https://www.youtube.com/playlist?list=PLQIrJ0f9gMcMT7vxO1dVD00bhzEVLFsBB
https://www.youtube.com/playlist?list=PLQIrJ0f9gMcMT7vxO1dVD00bhzEVLFsBB
コメント
コメントを投稿