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自然と人間と科学 1

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目の前から、人間が作ったもの、人間に関わるものを、すべて消してみましょう。それでも、自然はあるがままの姿で、広がっているように思えます。野に咲く花も、空を飛ぶ鳥も、木々をゆらす風も、夜空の星も。 ただ、そうした空想を行うことが、だんだん、難しくなっています。人間のいない世界のイメージといえば、「廃墟」のイメージを持つ人がむしろ多いかもしれません。それでも自然は残ると僕は思うのですが。それは、私たちの日常的な視界から、自然が見えにくくなっているからだと思います。 一方で、現代は科学の時代だと多くの人が考えています。ただ、科学の主要な対象である自然から、私たちは、どんどん遠ざかっています。そのことは、自然に対する関心だけでなく、いずれ、科学に対する関心をも失わせる力として働くことになると感じています。 科学を私たちにとって疎遠なものにする、もう一つの大きな力があります。 それは、そもそも、科学が歴史的には、冒頭に述べたような素朴な自然観から、自分を意識的に分離することで生まれたことによるものです。 私たちの遠い遠い祖先は、自然と深く結びついていました。というより、圧倒的な自然の力の前に人間は無力でした。ただ、自然に対する畏怖・感嘆の念を持ち得たことは、人間を他の動物とを区別するものです。それは、その後、宗教・芸術・科学等に枝わかれしていく、すべての人間の営みの原始の共通の起源になりました。 時間を何万年か進めます。話は少し飛躍します。 現代では、科学は、主要に「科学者」という専門家集団によって担われています。彼らは、特殊な訓練を受け、特殊な言葉で話します。その言葉は、一般には、わかりにくいものです。 「科学者」が人口に占める割合は、大きなものではありません。おそらく宗教が支配的であった時代、どの村々にも必ず存在していた神職者が人口の中で占めていた比率を上回ることはないと思います。 (科学の世界では、博士号を取得した科学者の卵たちの「過剰」に悩まされています。それは、社会的には「構造的な問題」なのですが、僕は、むしろ、歴史的には必然的な傾向のように考えることができると思っています。) それでは、なぜ、多くの人は、実際にはかなり疎遠なものでしかない科学に対して、現代は「科学の時代」だと考えるのでしょう? その理由は、明確だと思います。「科学」の応用としての「技術」が、現代の

すみっこぐらし一年

 【すみっこぐらし一年】 去年の3月28日、稚内行きの飛行機に乗りました。稚内での生活、今日でちょうど一年になります。 東京脱出の日付を確認しようとして、自分のFacebookをチェックしたのですが、投稿が見つかりません。避難生活がそんなに長引くとは思っていなかったんで、みなには黙って抜け駆けしたんですね。 一年前の3月27日に、大橋のミスルトさんでセミナーをやっていました。ただし、大橋のミスルトさんで収録して、セミナー自体は、初めてリモートでやったんですね。 セミナーの収録が終わって、コンビニによったら、食べ物の棚がまったく空っぽになっているのを見てショックを受けました。いまは、そういうことないと思いますが。 何度か、東京に戻ろうとしたのですが、飛行機は飛ばず、状況もよくならず。一時避難だと思っていたのですが、予想外のことが続きました。 でも、今では、稚内で一年過ごして良かったと思っています。新しい分野での認識も深まったし、セミナーも継続できたし。 すみっこぐらし、続けようと思っています。

ブラックホールと情報

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1. 1ビットの情報を追加すると、ブラックホールのエネルギーは、どれくらい増加するのか? それは、1ビットを運ぶフォトン一つのエネルギーに等しい。 2. 次に、このビットの追加で、ブラックホールの質量は、どう変わるのか? ここでは、有名なアインシュタインの $E = mc^2$ の式を使う。 3. 質量の変化がわかれば、シュワッルツシルド半径$R_s$の変化がわかる。 $$R_s=2MG/c^2$$ 4. 最後に、ブラックホールの地平の面積は、次の式で与えられる。 $$地平の面積=4\pi {R_s}^2 $$ 1ビットのフォトンの波長は、ブラックホールの中で、その位置が不確定になるように十分長い波長を持たなければならない。その波長は $R_s$に等しい。アインシュタイン・プランクの式で、振動数 $\nu$の光のエネルギー$E$は、$E=h\nu$ 、 $\nu R_s=c$だから(波の速さ=振動数 x 波長)、そのフォトンのエネルギーは、次の式で表される。 $$E=hc/R_s$$ $E = mc^2$だから、このエネルギーが与えられた時の質量の変化は、エネルギーを$c^2$で割ったもの。 $$質量の変化=h / R_s c$$ 太陽と同じくらいの質量のブラックホールのシュワルツシルド半径 $R_s$は、3,000メーター程度。光のスピード $c = 3 x 10^8$メーター。プランクの定数 $h= 6.6 x 10^{-34}$だから、1ビットの情報が、太陽程度の質量を持つブラックホールに落ちた時の質量の変化は、とても小さい。 $$質量の増加 = 10^{-45} キログラム$$ 先の質量と半径の関係を使えば、 $$R_sの増加=2MG/c^2=2 (h / R_s c)G / c^2 = 2 h G / (R_s c^3)$$ これは、$10^{-72}$メーターの変化。 この時の面積の増加は、$10^{-70}$ 平方メーター。 ブラックホールのエントロピーは、bitで計測すれば、プランクの面積単位で計測した地平の面積に比例する。 情報とは、面積である。 温度は、1bitの情報が追加された時の、システムのエネルギーの上昇である。

「エンタングルする自然 / エンタングルする認識」の参考資料について

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3月、4月に開催する二つのセミナー「エンタングルする自然 / エンタングルする認識」の参考資料をいくつか紹介したいと思います。  エンタングルメントの基本  ●「エンタングルメントで理解する量子の世界」           https://www.marulabo.net/docs/entangle-talk/ エンタングルメントの基本的な性質と量子論的な定式化について説明しています。是非、目を通していただければと思います。   歴史的背景  ●「コンピュータ・サイエンスの現在 — MIP*=RE定理とは何か?」            https://www.marulabo.net/docs/cs-mipstar/ 計算可能性理論から複雑性理論の誕生というコンピュータ・サイエンスの歴史の振り返りの中でMIP*=REを位置付けています。  複雑性理論  ● 「チューリングマシンの拡大と複雑性」     https://www.marulabo.net/docs/turing-complex/ 第一部の「複雑さについて考える」は、複雑性理論は、どういう問題意識から生まれたものなのか、それがどのように対象を拡大していったかを説明しています。  Interactive Proof  ●「Interactive Proofと複雑性」     https://www.marulabo.net/docs/ip-complexity/ Interactive Proofの発展についてです。   MIP*=RE  ●「MIP*=RE 入門 – Interactive Proofとnonlocal ゲーム」      https://www.marulabo.net/docs/mipstar/ MIP*=RE定理の概要の説明です。

マルレク「エンタングルする認識」 ダイジェスト #4

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【「エンタングルする知性」の認識 -- MIP*=RE 】 量子コンピュータの計算能力は、素晴らしいものです。それは、ある問題群(例えば、素因数分解のような)に対しては、古典コンピュータの計算能力の指数関数的高速化を可能にします。 量子コンピュータのアイデアの登場とともに、量子コンピュータが古典コンピュータで解くには指数関数的時間のかかる「NP-完全問題」を多項式時間で解くのではという期待がうまれました。ただ、それは不可能です。 先日の複雑性クラスの関係図を、改めて見て欲しいのですが、「NP-完全」のクラスは、量子コンピュータが多項式時間で解くことができる BQP クラスのはるか外側に存在しています。 今では、GPT3でさえ、「量子コンピューターを使用して、NP完全問題を多項式時間で解決することは可能ですか?」と質問すれば、「量子コンピューターを使用してNP完全問題を多項式時間で解くことはできません。」と答えてくれます。 それでは、量子の力を借りた人間の計算能力拡大の試み、それは人間の認識能力の拡大の試みを意味するのですが、それは現在のスタイルの量子コンピュータの進化の延長上の限界 BQPで頭打ちなのでしょうか?  もっとも、こうした問題意識自体が、そもそも混乱していることは、次のように考えればわかります。チューリングマシンが多項式時間で計算可能な能力の限界 P は、人間=機械の双方の計算能力の限界と見做せるのですが、BQPは機械のみが持ちうる能力です。人間は機械の助けなしには単独ではその能力を持つことは出来ません。 ですので、量子の力を借りた人間の認識能力の拡大というのは、量子機械の力を借りた人間の認識能力の拡大に他なりません。人間の認識能力の未来を考えるのなら、裸の人間の生まれ持った能力だけで、人間の認識能力を語ることは出来ないのです。宇宙のどこかには、古典チューリングマシンではなく量子チューリングマシンと同じ計算能力を、単独で生得的に持つ知的生命が存在するかもしれないのですが。 話がSFみたいになってきたのですが、2020年に証明された「MIP*=RE定理」も、それが想定していることを考えれば、SFみたいな話に聞こえるかもしれません。 先に、「数学的全能者」と「人間」の対話によって認識を拡大する枠組みとして「対話型証明  Interactive Proof」を

マルレク「エンタングルする認識」 ダイジェスト #3

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【 量子コンピュータの能力の認識 -- BQPクラス 】 先に、「人間の能力をコンピュータが超える」という「シンギュラリティ」の議論は、かなり怪しいと書きました。その大きな理由の一つは、「人間の能力」と一括りにするけど、人間の能力は非常に多様で複雑だからです。 例えば、前回の議論では、「全能者」の存在を仮定して「全能者」と「人間」の対話で認識できることを考えようというアプローチを紹介しました。そうした新しい推論方法を思いつく能力を機械が持てるかどうか、僕は懐疑的です。それにしても、そうしたアイデアやそのアプローチで得られる認識結果は、最終的には「人間の能力」に属します。 もっとも僕は、人間の数学的・論理的推論能力に関して言えば、それは機械的なモデルを持つと考えています。それは、おそらくチューリング・マシンの持つ能力に等しいと考えています。また、先日紹介したInteractive Proofのアプローチは、きちんと数学的に定義できます。 人間と機械の能力の比較は、いろいろ難しい問題があるのですが、機械と機械の能力の比較は、どちらも人間が作ったものですので、それよりは簡単にできます。この点で、近年、重要な認識が生まれています。 それは、私たちが普段使っているコンピュータの計算能力を、量子コンピュータの計算能力が上回っている認識が、理論的にだけではなく、実験的にも確立され始めているということです。 私たちが普段使っているコンピュータを「古典コンピュータ」と呼ぶことにします。今使っているものを「古典」と呼ぶのは抵抗があるかもしれませんが。どちらも人間から見れば機械です。どちらも「コンピュータ」と呼ばれます。ただその動作原理は全く異なった機械です。その違いをはっっきりさせるため、「古典」「量子」を頭につけます。 機械だけの世界に限れば、量子コンピュータの登場を、古典コンピュータに対する「シンギュラリティ」と呼ぶことは可能です。機械=コンピュータの世界では、それは「量子優越性」と呼ばれています。 2019年の10月23日は、特別な日です。それは、Googleが、古典コンピュータに対して量子コンピュータの能力が遥かに高いこと、「量子優越性」を実験的に実証した日です。 この点については、丸山の資料「量子コンピュータの現在 — 量子優越性のマイルストーンの達成 —」https://w

マルレク「エンタングルする認識」 ダイジェスト #2

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【「全能者」との対話で得られる認識 -- Interactive Proof 】 なんか怪しいタイトルですね。 怪しいついでに、もう一つ怪しい話を。 今から見ればだいぶ前になりますが、「AI=人工知能」の大ブレイクが起きたとき、盛んに使われたのが「シンギュラリティ」という言葉です。機械の知能が人間の知能を超える時がいつか来る。それをこの言葉で呼んでいたように思います。 ただ、この言葉やその意味に、僕はいささか「怪しさ」を感じていました。なにが人間の知能の限界であるのか? また、シンギュラリティの到来は、機械の知能が人間の知能をどのように超えることを意味しているのか? 当時流行した議論では、そうした基本的なことが、あまりよく考えられていないように感じました。 こうした問題を徹底的に考えるのは意味があることだと、僕は考えています。冒頭のタイトルの「全能者」は、いわば、機械の「シンギュラリティ」をはるかに超えた能力の持ち主です。ただし、「対話型証明 Interactive Proof」に登場する架空の存在です。 「対話型証明 Interactive Proof」というのは、こうした「全能者」と普通の人間が「対話」をしたときに、何が分かるかを考えようという枠組みです。 アーサー王伝説では、アーサーに仕えるマーリンという魔法使いが出てくるのですが、「対話型証明 Interactive Proof」では、「全能者」をマーリン、「全能者」と対話する普通の人間をアーサーと呼ぶことがあります。 アーサー王伝説のマーリンは、魔法使いですので、火を吹く竜を召喚したり、人間を豚に変えたり、文字通りなんでも出来るのですが、Interactive Proofのマーリンは、そういう魔法を使えるわけではありません。 ただ、理論的・数学的能力においては、彼は「全能」です。もし、リーマン予想が正しいのなら、彼はそれを瞬時に証明できます。もちろん、「全能」と言っても、数学的に証明不可能な 1+1=3 を証明できるわけではありません。 Interactive Proofの枠組みでは、「全能者 マーリン」を「証明者 Prover」と呼ぶことがあります。彼は、全知全能で、どんな問題も瞬時に答えを返す能力をもっています。ただし、ここが重要なのですが、彼は誠実ではなく、時々、人を欺く嘘をつきます。 一方の「普通の