エンタングルメントをめぐるドラマ #4

 【 3/27 「楽しい科学」ダイジェスト -- エンタングルメントをめぐるドラマ #4 】

【「時空」を生み出す「原理」としてのエンタングルメント 】

アインシュタインは、量子論の中に二つの量子の奇妙なもつれあった関係が存在することを発見して、それを「パラドックス」として提示しました。三人の著者 Einstein, Podolsky, Rosenの頭文字をとって、「EPR論文」と呼ばれます。1935年の5月のことです。

二ヶ月後の7月に、アインシュタインはローゼンとともに、"The Particle Problem in the General Theory of Relativity" 「相対性の一般理論における粒子の問題」という論文を公開します。この論文を「ER論文」と呼びます。
 
このER論文は、二つのブラックホールを結ぶ「橋」が存在しうることを指摘した論文です。この「橋」は、"Einstein-Rosen Bridge" と呼ばれ、別名「ワームホール」とも呼ばれます。

アインシュタインは、1935年に、「エンタングルメント」(ただし、パラドックスとして)と「ワームホール」を発見しているのです。同時期にアインシュタインによってなされた、この二つの発見に何か関連があるのでしょうか? 

本来は、80年前になされるべきこうした問いかけを、現代に蘇らせたのは、あのマルデセーナとブラックホール/量子重力の専門家のサスキンドでした。

2013年の論文で、二人は、1935年にアインシュタインが発見した「エンタングルメント」と二つのブラックホールを結ぶ「ワームホール」は、スケールが全く違うのですが、同じものだという大胆な仮説を提示します。

「二つのブラックホールの間のワームホールは、二つのブラックホールのエンタングルメントによって生成される。」

時空の性質を記述する相対論(重力理論)と量子の世界を記述する場の量子論に「対応」が存在することをマルデセーナが発見したことは、既に述べました。ただ、その対応が、具体的にどんなものかについては、述べてきませんでした。

マルデセーナとサスキンドの主張は、AdS/CFT対応のもとで、相対論に現れる二つのブラックホールを結びつけるワームホールと、量子論に現れる二つの量子のエンタングルメントは、「対応」すると言うことです。こうした主張を、「ER = EPR仮説」と呼びます。

あまりにスケールが違うので、「対応する」「原理的には同じもの」と言われても、ちょっと頭がクラクラします。ただ、エンタングルメントは何千万年光年離れていても、その性質は維持されますし、また、量子サイズのブラックホールを考えることは可能です。

そもそも、「量子重力」というのは、量子レベルでの重力作用のことです。量子重力の研究を、「ER=EPR仮説」を指針として進めようと言う方向を、多くの研究者は支持していると思います。

それはまた、1935年の二つの論文に見られるアインシュタインの洞察の深さの再評価という意味を持っています。「ER=EPR仮説」の中心人物のサスキンドは、アインシュタインへの敬意をこめて、また当時の量子論サイドの対応を批判をしつつ次のように書いています。

「当時の量子論に対する最後の批判で、アインシュタインは、とても深く、とても直感に反していてとても人を困惑させるが、それでも人をとても興奮させる、何かを指摘していたのだ。だから、その何かは、21世紀の始まりと共に、多くの理論物理学者を魅了するものとして帰ってきているのだ。エンタングルメントの発見という、アインシュタインの最後の偉大な発見に対して、ボーアが行った唯一の回答は、それを無視することだった。」

かつて「パラドックス」として提示されたエンタングルメントは、いまや、「時空」を生み出す「原理」として物理の世界にしっかりと位置付けられようとしています。「エンタングルする自然」という自然観は、21世紀の自然観の大きな特徴です。

科学のドラマは、へたな「三文小説」より、ずっと面白いですね。

量子重力理論では、エンタングルメントとそのエントロピーが中心的な役割を果たします。そのことはまた、エンタングルメントのエントロピーを扱う量子情報理論が必要なことを意味します。それについては、別のシリーズで述べたいと思います。





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