「ChatGPTの不思議」ビデオ公開

 【 人間の力が、機械の力にみえること -- 「ChatGPTの不思議」ビデオ公開 】 

「人間のフィードバック」に全面的に依存するChatGPTのアプローチは、「機械の思考は可能か?」というTuringの問いかけ以来の、機械の自律的な「知能」を追求する人工知能研究からは、「逸脱」したものです。

ただ、「逸脱」が悪いこととは限りません。なぜなら、そうした動きをドライブしているのは、基本的には人間の能力の再評価だと、考えることができるからです。

問題は、こうした人間の力が、機械の力として現れて見えることです。

機械の知能に対する、人間の知能の最初のささやかな「反乱」は、こうして、皮肉なことに、機械の知能の台頭として意識されることになります。

いつか、「人工知能と人間」というセミナーをやりたいと思っています。

-----------------------------

マルレク+MaruLaboでは、開催したセミナーの様子を、ビデオで公開しています。

今回は、1月14日に開催した、マルレク「なぜ?で考える  ChatGPT の不思議」のセミナー・ビデオの公開です。ご利用ください。

-----------------------------

ChatGPT 試してみましたか? なかなか驚きです。今までのAI技術と一味違います。

いろいろ不思議なことに気がつきます。

第一。なぜ、こんなになめらかに賢く、人間と対話できるのでしょうか?
第二。なぜ、こんなにも賢く見えるのに、平気で間違ったことを言うのでしょう?

今回のセミナーは、主要にこの二つの「なぜ?」に答えようとしたものです。

「第 1 章  ChatGPTの対話サンプル」では、ChatGPTの素晴らしい対話能力を示す例と、その反対に、全くの嘘を繰り返すひどい例の二つのタイプの対話サンプルを紹介します。

「第 2 章  ChatGPTの方法」では、「対話のために最適化された言語モデル」であるChatGPTの最大の特徴である、「人間のフィードバックからの強化学習」 という方法の概要を紹介します。

「第 3 章  ChatGPTの教育環境」は、この「人間のフィードバックからの強化学習」という方法がどのようなものであるかを、彼 ChatGPTが受けた教育を具体的に振り返ることを通じて深掘りします。

「第 4 章  ChatGPT成立の背景」は、なぜ、いま、このような技術が登場してきたのかの分析です。基本的には、「人工知能」技術の二つの面での行き詰まり、「規模拡大の神話への疑い」と「数学的・論理的能力の欠如」からChatGPT成立の背景を考えます。

-----------------------------

「なぜ?で考える  ChatGPT の不思議」のセミナーの講演ビデオ全体の再生リストのURLです。

https://www.youtube.com/playlist?list=PLQIrJ0f9gMcMVCY4d9CtKa7qeL-U4Qigg

この再生リストは、次の四つのビデオを含んでいます。個別に再生できます。

 ●  第 1 章  ChatGPTの対話サンプル

https://youtu.be/NkNjcSrIgHc?list=PLQIrJ0f9gMcMVCY4d9CtKa7qeL-U4Qigg

 ●  第 2 章  ChatGPTの方法

https://youtu.be/9IAmK-j5MFM?list=PLQIrJ0f9gMcMVCY4d9CtKa7qeL-U4Qigg

 ●  第 3 章  ChatGPTの教育環境

https://youtu.be/ysScCzFg2dI?list=PLQIrJ0f9gMcMVCY4d9CtKa7qeL-U4Qigg

 ●  第 4 章  ChatGPT成立の背景

https://youtu.be/soRZ_XUK8Jo?list=PLQIrJ0f9gMcMVCY4d9CtKa7qeL-U4Qigg

-----------------------------

講演資料(スライドのpdf版)は、次からアクセスできます。

https://drive.google.com/file/d/1WMVWg1Q3d7Koro-9PGJtgeKj82MNAK7E/view?usp=sharing

-----------------------------

「なぜ?で考える  ChatGPT の不思議」セミナーのまとめページはこちらです。

https://www.marulabo.net/docs/chatgpt/


コメント

このブログの人気の投稿

マルレク・ネット「エントロピーと情報理論」公開しました。

初めにことばありき

人間は、善と悪との重ね合わせというモデルの失敗について