Rosetta Stone、再び

【 カテゴリー論の時代始まる 】

20世紀を通じて、数学・物理を中心とする数理科学は、大きな発展を遂げました。それは、内部に多くの新しい研究領域を発生させながら、それぞれの領域は相互に越境し、さらにその領域を拡大し続けました。

前回見た、「計算」=「証明」=「プログラム」という認識も、新しい領域を巻き込み、長い時間をかけて獲得された、そうした認識の一例です。

21世紀になって、こうして拡大した数理科学の全体像を統一的に把握しようという探究がうまれてきます。

数理科学の専門化した諸領域の到達点を概観するのは、必ずしも容易ではないのですが、やがて、それらの間に驚くべき類似性が存在するという認識が生まれます。

今回のセッションで紹介する John Baezらの “A Rosetta Stone”論文は、数理科学の統一的把握の試みとして、もっとも成功した、もっとも影響力のあったものの一つです。

彼の認識の飛躍は、数学的には、数理科学の基礎にカテゴリー論をおくことで可能になりました。

1970年代、ペンローズは、ファインマン・ダイアグラムの一般化が、時空間の理解を改めることにつながるかもしれないことに気づきます。1980年代には、量子物理学とトポロジーとの間に、強力な類似性があることが明らかになっていきます。

弦理論では、この類似性を利用して、通常の場の量子論のファインマン・ダイアグラムを2次元のコボルディズムに置き換えて、時間の経過とともに弦が辿る世界のシートを表現します。

演算子とコボルディズムの類似性は、ループ量子重力や、より純粋に数学的な分野である「トポロジカル場の量子論」においても重要な役割をはたします。

バエズは、彼は、このアナロジーをさらに推し進めます。物理学とトポロジーだけでなく、論理学と計算理論もリストに加えて、数理科学の「パラレル・コーパス」を作成するのです!

導きの糸となったのは、カテゴリー論の基本的な構成要素である、「オブジェクト」と「モルフィズム」の対応物を、これらの理論に中に見つけることでした。 

 ・物理学でオブジェクトに対応するのは「システム」で、モルフィズムに対応するのは、「プロセス」。
 ・トポロジーでオブジェクトに対応するのは「多様体」、モルフィズムに対応するのは「cobordism」。
 ・論理学でオブジェクトに対応するのは「命題」、モルフィズムに対応するのは「証明」。
 ・計算理論でオブジェクトに対応するのは「データ型」、モルフィズムに対応するのは「データ型の積」。

こうして、カテゴリー論のオブジェクトとモルフィズムの対応に導かれて、物理学とトポロジーと論理学と計算理論のRosetta Stoneの骨組みが完成します!

バエズが用いたカテゴリーは、Monoidal Category と呼ばれるものです。Monodal Categoryは、オブジェクトのテンソル積とモルフィズムのテンソル積が定義されているCategoryと思っていいです。

先のRosetta Stoneの骨組みに、それぞれの数理科学のオブジェクトのテンソル積とモルフィズムのテンソル積の対応物を見つけていけば、BaezのRosetta Stone は完成します!

こうして、カテゴリー論は、それ自身数理科学の一分野なのですが、21世紀の数理科学全体を貫くものとして振る舞うことになります。21世紀は、カテゴリー論の時代なのです。

バエズの論文は、数理科学におけるMonoidal Categoryの重要性を強く打ち出すとともに、もう一つ重要な特徴があります。それは、Monoidal Categoryの記述に、String Diagram という図式を使っていることです。

意外に思われるかもしれませんが、現代の数理科学のエッセンスともいうべき、Monoidal Categoryがどういうものであるかは、実は、このString Diagramを利用すると、直感的に容易に理解可能なのです。スライドの後半とビデオでの説明をご覧ください。

最後に、こうした数理科学に対するカテゴリー論的アプローチは、現代の人工知能技術に、どのように関係しているのでしょうか? 

あまり関係ないように思われるかもしれません。でも、そうではないのです。

現在の人工知能技術の主流である「大規模言語モデル」の中核は「意味の分散表現」技術です。「意味の分散表現」の最先端の研究は、カテゴリー論アプローチを採用しているのです。

それについては、昨年の12月に行ったセミナー「ことばと意味の「構成性」について」の第三部 「意味の構成性 -- カテゴリー論的分散意味論 --」を参照ください。
https://www.marulabo.net/docs/discocat/

-------------------------------------

「 Rosetta Stone、再び 」を公開しました。
https://youtu.be/U9IIKbmeD9I?list=PLQIrJ0f9gMcMMwP2zBgMe3LbaDnKGG_zw

資料pdf
https://drive.google.com/file/d/12fvxOoRIOfFmC6ZgWxtEHsZmROOlf1C-/view?usp=sharing

blog:「カテゴリー論の時代始まる 」
https://maruyama097.blogspot.com/2023/03/rosetta-stone.html

「人工知能と数学」まとめページ
https://www.marulabo.net/docs/aimath/

セミナーの申し込み
https://ai-math.peatix.com/

コメント

このブログの人気の投稿

マルレク・ネット「エントロピーと情報理論」公開しました。

初めにことばありき

人間は、善と悪との重ね合わせというモデルの失敗について