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ゼータ関数とメビウス関数

【 ゼータ関数とメビウス関数 】 今回のセッションでは、古典的数論の世界での、リーマンのゼータ関数𝜁(𝑛)とメビウスのメビウス関数𝜇(𝑛)の関係を見ていきたいと思います。今回扱うのは、そのうちの最も基本的なものです。 残念ながら、古典的数論的なゼータ関数とメビウス関数の理論と現代のマグニチュード論との関係は、直観的に明らかなわけではありません。レンスターは次のように理論の流れを説明しています。 「1830年代の数論的なメビウス反転の理論は、1960年代 Rotaによって半順序集合のメビウス反転の理論として発展した。1970-80年代、LerouxやHaighによって、カテゴリー論上のメビウス反転の理論が展開され、さらに理論は進展した。この論文は、最近の二つの理論に橋をかけることを目的としている。」 【 マグニチュード関連論文でのゼータ関数とメビウス関数の利用 】 先に紹介したレンスターの論文は、2012年のもので、彼がマグニチュード論の構築に取り掛かり始めた時期のものです。その頃から、彼がマグニチュード論とゼータ関数とメビウス関数との関連について意識していたことがわかります。 といっても、まだまだ語るべきことは多数あって、僕が説明すべき空白が埋められたわけではないのですが、一つ留意してほしいことがあります。 それは、レンスターにしろBradleyにしろ、マグニチュードに関連した論文に、ゼータ関数やメビウス関数という言葉が普通に登場することです。これらは、有名なリーマンのゼータ関数やメビウスの数論的反転公式とどこかで繋がっているのです。 たとえば、前回のセッションで、行列のマグニチュードを表す式を紹介しました。そこでは、一般の正方行列をゼータ ζで表し、そのマグニチュードが、ζ^{−1}を使って表現されていました。 今回のセッションで見ていくゼータ関数 ζ(s) とメビウス関数の基本的な関係も、ゼータ関数 ζ(s)の逆数 ζ^{−1} を使って表現されます。 ま、一方は一般の正方行列にゼータ ζという名前をつけて、その逆行列をとっているだけで、他方は、リーマン・ゼータそのものの逆数なので、全く違うと思っていいのですが、いろいろ気になるかもしれません。 今回のセミナーの主題であるBradleyの論文には、(マグニチュードの理論バージョンの)ゼータ関数とメビウス関...

7/5 マルレク「AI とマインクラフトの世界 と、昔の話をしよう」情報公開

【 7/5 マルレク「AI とマインクラフトの世界 」の講演ビデオと講演資料のURL です】 丸山です。 7月5日に開催した、マルレク「AI とマインクラフトの世界 」の講演ビデオと講演資料のリンクを公開しました。 今回のセミナーで紹介するDeepMind社のAI、DreamerV3は、役にたつプログラムを教えてくれるわけでも、面白い画像を作ってくれるわけでも、レポートを書いてくれるわけでもありません。DeepMind社のAI DreamerV3は、ひたすら沢山のゲームをするAIです。 DreamerV3は、ゲームのゴールとしては難易度の高い「マインクラフトでのダイアモンド採掘」に成功したとして、コンピュータでゲームに挑戦する分野では注目を集めました。 問題は、様々な分野で急発展するAIの世界で、こうしたゲームの世界でのDeepMind社のDreamerV3の成功が、意味を持っているかということです。なんでDeepMindが、ゲームをするAIを開発するのかと疑問を感じた方は多いと思います。 今回のセミナーは、その問題を取り上げています。実は、このAIはとても画期的なものです。  ・DreamerV3は、「知覚(視覚)」を持ち、「世界」の状況を知ることができます。  ・DreamerV3は、その「知覚」を通じて、内部に「世界」のモデルを持ちます。  ・DreamerV3は、「世界の未来」を「想像」して最適な「行動」を選択します。  ・DreamerV3は、「行動」によって「世界」の状態を変えます。  ・DreamerV3は、様々なゲームの「世界」の様々なタスクを、単一のハイパーパラメターの設定で処理することができます。  ・DreamerV3は、現在主流の生成AIとは異なって、LLMを持ちません。 人工知能(AI)研究における長年の課題の一つは、広範な応用分野にわたる多様なタスクを学習し解決できる汎用アルゴリズムの開発です。 DreamerV3は、この課題に対処することを主要目的としています。確かに具体的には、DreamerV3は、ひたすらゲームをするAIなのですが、単一の固定された設定で沢山のゲームで150以上の多様なタスクにおいて専門的な手法を凌駕する性能を発揮する汎用アルゴリズムの実現を目指したものです。 重要なことは、DeepMindが、「汎用人工知能...

行列のマグニチュード

【 行列のマグニチュード 】 今回のセッションでは、行列のマグニチュードがどのように定義されるかを見ていこうと思います。 行列のマグニチュードは、この後のセッションで見てゆく、グラフのマグニチュードや、カテゴリーのマグニチュード、距離空間のマグニチュード等々、さまざまなマグニチュードを具体的に計算する上で、その最も基本的な基礎になります。 【 生物多様性の定義と行列のマグニチュード 】 先のセミナーで、生物多様性のレンスターの定義は、「類似度行列」Zのマグニチュードと等しいことを見てきました。 ここでは、「類似度行列」の定義は、振り返りませんが、類似度行列からそのマグニチュードをどう計算するかについては、簡単に説明していました。 「任意の行列 M について、M 上の重み付けとは、Mw がすべての成分が 1 である列ベクトルとなるような列ベクトル w を指す。 M とその転置行列の両方に少なくとも一つの重み付けが存在するならば、量 ∑_i▒〖 𝑤_𝑖 〗は M 上の重み付け w の選択に依存しないことが容易に確認できる。この量は 行列M のマグニチュード |M| と呼ばれる 。」 今回は、この定義をより一般の行列のマグニチュードに拡張することを考えていきます。 【 行列の要素が取りうる値を 非負の実数からrig kに拡大する 】 rig (またはsemi ring)とは、負の要素を持たないringのことです。rigは、シャニュエルの議論の時にも登場しました。 rig kは、和について可換なモノイド構造(+, 0)を持ち、積についてはモノイド構造(・, 1)を備えています。また、和と積は、a(b+c)=ab+acという分配律を満たします。 以下の議論では、行列の要素は、このrig kに値を取ることにします。 【 抽象的な有限集合によって インデックス付けされている行列を考える 】 rig k上に定義された行列を考える際、行と列が抽象的な有限集合によってインデックス付けされていると考えると便利です。  有限集合IとJの場合、rig k上のI × J行列は関数I × J → kで定義され、通常の行列演算を実行できます、 たとえば、H × I 行列にI × J行列を掛けて H × J 行列をうることができます。 恒等式行列はクロネッカー 𝛿 です。 I × J行...

マルレク「マグニチュードとは何か」へのお誘い

【 マルレク「マグニチュードとは何か」へのお誘い 】 今週末の9/27開催のマルレクへのお誘いです。 セミナーの申し込みページ作成しました。お申し込みお待ちしています。 https://magnitude1.peatix.com/view 今月のマルレクは、「マグニチュードとは何か」というテーマで開催します。 「マグニチュード」  -- 地震の規模の大きさを示す尺度としては、日常的に使われている言葉です。今回は、地震には関係のない話です。ただ、「マグニチュード」が「大きさ」を表すという点では、話はつながっています。 今回のセミナーのテーマの「マグニチュード」論というのは、「大きさ」について考える新しい数学理論です。 【 「大きさ」を対象にした数学 】 私たちの周りには、「大きさ」を持つものが、たくさん存在しています。マグニチュード論が対象として考えようとしているのは、こうしたものの「大きさ」です。 身長・体重・子供の数・収入・コロナワクチンを打った回数の「大きさ」の意味は明確です。一方、「幸せ」や「美しさ」や「正しさ」の「大きさ」は、数字で表現することはできず、比喩的にしか語れません。 数学的な「大きさ」とは、まずは、「数えることや測ることで与えられる数字で表現される量」と考えていいと思います。 ただ、これだけでは数学の対象としては当たり前すぎて、あまり深みのある数学が生まれそうにはなさそうです。 【 5分で振り返る「大きさ」の数学史 】 ただ、それは量や空間を扱う数学が多様に発展している、現代の数学観を無意識のうち反映しているのかもしれません。 数学の歴史を振り返ってみると、その飛躍の節々で、「大きさ」についての意識が変化・発展してきていることがわかります。  ・数学的認識が人類に生まれた40,00年ほど前は、その主要な関心は、共同体の人口や耕地の面積など、具体的に数え測ることができる大きさを持つものでした。  ・紀元前3世紀のユークリッドは、幾何学的な点を「大きさを持たない」ものとして定義しました。  ・数としてのゼロの導入は、4世紀のインドだと言われています。だいぶ後のことです。  ・17世紀後半のニュートンやライプニッツの微積分学は、「無限に小さな大きさ」を考えることで可能になりました。  ・18世紀のオイラーは、形や大きさによらず「変わらない大きさ...

類似度行列とマグニチュード論

【 類似度行列とマグニチュード論 】 前回のセッションで、次のレンスターの生物多様性の定義の式を、その三つのパラメータ 確率分布pとq-パラメータと類似度行列Zに注目して読み始めました。 ただ、前回は pとq の話で終わっていました。前回は、基本的には、これまで提案されたさまざまな「多様性の指標」を、qを変化させることで、一つの式でカバーできるのことを見てきました。 レンスターが先の形での生物多様性の定義を初めて提案したのは、 “Measuring diversity: the importance of species similarity” というタイトルの論文ででした。 https://www.pure.ed.ac.uk/ws/portalfiles/portal/16566744/Measuring_diversity_the_importance_of_species_similarity.pd レンスターの生物多様性の定義のポイントは、種の類似度の重要性への注目です。それは、生物多様性の定義への類似度行列Zの導入として表現されています。 今回のセッションでは、まず、この類似度行列Zが、生物多様性の議論の中で、すなわち、生態学の文脈では、どのように定義できるのかを、具体的な例で見ていきたいと思います。 今回のセッションでは、レンスターの生物多様性の定義式が、類似度行列Zを用いてどのように導出されるのかを基本的な流れを紹介しようと思います。 また、今回のセッションでは、こうして導出されたレンスターの生物多様性の式が、どのような性質を持つのかを紹介していきます。 【 生物多様性の理論とマグニチュード論を結びつけるもの 】 重要なことは、レンスターの生物多様性の理論と彼のマグニチュード論を結びつけるものが、この生物多様性論への類似度行列Zの導入だと考えられることです。 レンスターのマグニチュード論の最初の論文は、2006年の ”The Euler characteristic of a category” https://arxiv.org/pdf/math/0610260  です。 今回のセミナーでも、オイラー標数の紹介をしてきました。そのすぐあとでレンスターのこの2006年の論文を紹介しても良かったのですが(そう予告もしていました)、少し回り道をしています...

レンスターの「多様性」の定義を読む

【 レンスターの「多様性」の定義を読む 】 このセッションでは、レンスターの「生物多様性」の定義の式を、少し詳しくみてみようと思います。 といっても、レンスターの次「多様性」の定義は複雑ですね。 どこから見ていけばいいのでしょう? 【 三つのパラメータ pとZとq 】 この式は、n 種の種が存在する環境の「生物多様性」を表すものです。この式には三つのパラメータ pとZとqが登場します。   pは、n 種の種が、個体数で見てどのような割合で存在しているかを表す「確率分布」です。 環境中の n 種の種を{1, . . . , 𝑛}と自然数で表すと、確率分布 p は次のように表せます。   p = ( p1, p2, ... , pn )    pi >= 0,    p1 + p2 + ... + pn =1 確率分布 pが与えられた時、Shannon エントロピー Hは、次の式で定義されます。(テキストでは、式がうまく表現できないことがあるので、pdf あるいは ビデオをご覧ください。)   H = Σ pi log(1/pi ) Shannonのエントロピーには、確率分布 p 以外の余分なパラメータはありません。どんな確率分布 pも、一意にShannonエントロピーを決定します。 【 Tsallis エントロピー 𝑆_𝑞 −− パラメータ qによるShannonエントロピーの拡大 】 Shannonエントロピーの定義中の log⁡ をq-対数 ln_𝑞⁡ (qを底にする自然対数)に置き換えたものを、 Tsallis エントロピー とよび、𝑺_𝒒と表します。   S_q = Σ pi ln_q (1/pi ) Tsallis エントロピーでは、確率分布 p に加えて、q が新しいパラメータとして追加されています。パラメータが一つ増えたことを除けば、両者の定義の形は、よく似ています。 【 q-パラメータの導入による エントロピー概念の拡大 】 レンスターは、このエントロピーはTsallisが発見者というより、いろんな分野で何度も繰り返し発見・再発見されているので、 ‘q-logarithmic entropy’ (q-対数エントロピー)と呼ぶのがいいのではという提案をしています。  レンスターの多様性の定義式の中に現...

「生物多様性」の「大きさ」を考える

【 「生物多様性」の「大きさ」を考える 】 これまで、集合の「大きさ」としてのカントールの基数 ( cardinality )や、図形の「変わらぬ大きさ」としてのオイラーの標数 ( Euler characteristic )を見てきました。  我々の認識の対象となるものには、何らかの形で「大きさ」の概念を持つものが、少なくありません。 このセッションでは、集合や図形とはちょっと異なる対象の「大きさ」を考えてみようと思います。 このセッションで扱うのは、「生物多様性」の「大きさ」についてです。 【 「生物多様性」の議論とマグニチュード論と Tom Leinster 】 前回のセッションで、 「次回のセッションから、こうしたアイデアを受け継いだ、Leinsterの「Magnitude論」の紹介に入りたいと思っています。」と書いたのですが、実は、マグニチュード論と「生物多様性」の議論とは、深い結びつきがあります。 マグニチュード論を始めたレンスターは、もちろん数学者ですが、「生物多様性」の問題への関心を強く持っていました。 そして、レンスターは、後で見るように、「生物多様性」の数学的理論の構築で画期的な成果を収めました。彼のマグニチュード論は、こうした彼の問題意識と研究成果の発展として捉えることができます。 今回のセッションでは、まず彼の「生物多様性」の「大きさ」の議論を振り返ってみようと思います。今回は途中までですが。 基本的に依拠したのは、2015年のTom LeinsterとMark W. Meckesの次の共著論文です。スライドは、基本的にこの論文からの引用で構成されています。生態学の論文として書かれているので、数学論文よりわかりやすいところがあると考えています。 Maximizing diversity in biology and beyond https://arxiv.org/pdf/1512.06314 【 「生物多様性」の「大きさ」を考える 】 次のような問題を考えてみてください。問題は、簡単で「どちらの環境の方が、「生物多様性が大きいと思いますか?」というものです。  ● 環境Aには、4種の鳥が住んでいます。環境Bには、3種の鳥しか住んでいません。ただし、環境Aでは一種類の鳥が個体数では圧倒的に多いのに対して、環境Bでは3種の鳥が...