善と悪の「重ね合わせ」

人間の本性は、複雑なものである。
単純な善悪観に立てば、ある人間は善人か悪人のどちらかである。あるいは、もう少し正確を期して、ある人間は、善人と悪人の中間にあるという評価もできるかもしれない。
こうした評価は、善の反対が悪で、悪の反対が善であるということを前提として、同じ評価軸上に善と悪を並べることである。悪の程度が増えれば善が減り、善の程度が増えれば悪が減る。
こうした評価は、「善人・普通・悪人」という三段階評価であろうと、五段階評価であろうと、もっと精密に無数の連続した段階を設定(どう判定するのだろう?)しようと、同じ評価軸上に善と悪があることに、変わりがない。
(余計なことだが、世の中の「評価」というのは、たいがい、こうしたものである。)
ただ、別の評価の仕方もある。
悪と善は、同じ直線上に反対の向きで存在しているのではなく、それぞれが独立した価値基準だと考えることである。人間を、悪と善との「重ね合わせ」として考えるのだ。
大きな悪と大きな善が共存する人もいる。悪は少ないのだが、それ以上に善が少ない人もいる。
「善人なおもて往生す、いわんや悪人おや」
(なんちゃって)
次のエッシャーの絵には、天使と悪魔が同じ数だけ、同じ面積を占めるように書かれている。天使と悪魔が出現する確率は、50%で等しい。(等確率というのはエントロピー最大の状態で、そこから得られる情報は、実は、何もないということである)

善悪の「重ね合わせ」の複雑な状態から、どうやったら情報を引き出せるだろうか?
一つ簡単な(というか、今までの展開のトーンと比べると、むしろ粗野な)方法がある。
ある状況で、ある人の行為に基づいて、その人の善悪を判定することを考える。この時、善か悪かの判断のみを下す。判断するのは、その場に居合わせた人でもいいし、全てを見ている「神」でもいいのだが、客観的に判定する機械があると考えてもいい。ここでは、機械が判定するとしよう。
こうした判定を、繰り返し繰り返し行なえば、独立な基準と想定した善と悪について、統計的なデータが得られる。例えば、過去 1,000回の丸山の振る舞いについて、悪という判定が700回、善という判定が300回行われれば、丸山は、70%悪で、30%善ということができる。(やはり、悪人だったか。)

対象が天使であれば、何度判定を繰り返しても 100% 善の結果が得られるだろうし、対象が悪魔であれば、結果は 100%悪になるであろう。
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以上の話は、二つのベクトルの重ね合わせの状態からなる qubitと、その観測の話でもある。

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