NashからNSAへの手紙

 【 NashからNSAへの手紙 】 

1950年代に入ると、時代の先鋭な知性たちは、今日の暗号理論/複雑性理論の原型とも言える認識に到達し始めます。

1955年、NashはNSAに次のような手紙を送ります。

 「ほとんどすべての十分に複雑なタイプの暗号化にとって、特に、鍵の異なる部分によって与えられた命令が、相互に複雑に相互作用して、それが暗号化の最終的な決定において影響を与えている場合、鍵の計算の平均的な長さは、鍵の長さ、すなわち、鍵の持つ情報の内容に関して、指数関数的に増加します。」

「それは、実際的には誰も破れない暗号を設計することを、極めて簡単に実行できることを意味します。暗号が洗練されたものになるにつれて、熟練したチームなどによる暗号破りのゲームは、「過去」のものになっていくはずです。」

鍵を破るのに、「指数関数的」時間がかかる暗号は、事実上、誰にも破れないとというのは、現代の暗号技術の基本的な立脚点です。このことに、50年代にNashは気づいていたのです。しかしこの重要な指摘は「秘密」にされました。

現代の暗号技術が立ち上がるのは、それから20年近くたった、1970年代です、

Whitfield Diffie,  Martin Hellman による、「公開キー暗号」が公開されたのは1976年で、Ron Rivest, Adi Shamir, Leonard Adlemanによる、「RSA暗号」が公開されたのは、1977年 です。この 1976−1977年に、現代の暗号技術が確立したと考えていいと思います。

ただ、それは表向きの公式の「暗号史」では、そうなっているということです。

イギリスのNSAにあたるGCHQの情報開示で、1970年から1974年にかけて、GCHQの三人の研究者、James Ellis, Clifford Cocks,  Malcolm J. Williamson が「公開キー暗号」「RSA暗号」とほとんど同じものを開発していたことが明らかになります。それはNSAも知っていました。ただ、そのことは「秘密」にされました。

この情報開示が行われたのは、1997年になってからのことです。三人の研究者は、さぞ無念だったと思います。

動画 「暗号の歴史 -- 現代暗号技術の成立」を公開しました。 https://youtu.be/QDSBanUMbZA?list=PLQIrJ0f9gMcMOiLc6py4lKrk3xAG_g0FH


この動画のスライドのpdf 

https://drive.google.com/file/d/15wpxftEecXYIXCQSvDu0jfg_OmGMqOmp/view?usp=sharing

関連blog 「NashからNSAへの手紙」https://maruyama097.blogspot.com/2022/08/nashnsa.html 

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このセミナーのまとめページ https://www.marulabo.net/docs/cipher2/ 参考資料 Status Report on the Third Round of the NISTPost-Quantum Cryptography Standardization Process       https://doi.org/10.6028/NIST.IR.8413 MaruLabo 関連ページ 「暗号技術の現在 -- ポスト量子暗号への移行と量子暗号」 https://www.marulabo.net/docs/cipher/

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