「ポスト量子暗号」の心理学

【 「ポスト量子暗号」の心理学 】

「量子暗号のあと」を指すものでも、「量子のあと」をイメージしたものでもない「ポスト量子暗号」という言葉は、僕には、少し奇妙なものに思われます。

量子暗号と呼ばれるものは現実的な技術としては存在しません。量子コンピューターは世界中でまだラボの中にしかなく、量子通信の利用者(もちろん実験的)は、多く見積もっても一万人を超えないでしょう。量子の時代は、まだ、始まっていないのです。

では、なぜ、「ポスト量子暗号」という言葉が使われるのでしょうか?

ただ、特に暗号の世界で、「量子」が強く意識されるのには理由があります。それは、「量子コンピュータを使えば、現在の暗号は簡単に破れる」という「Shorのアルゴリズム」が発見されたからです。

その衝撃的な発見から40年が経とうとしているのですが、幸か不幸か、量子コンピュータはいまだShorのアルゴリズムを実行する能力を持たず、多くの人の日常的な意識の中では、暗号技術が危ないという危機意識はほとんど共有されていません。

むしろ、「暗号通貨」や「暗号資産」といった形での暗号を利用した技術への関心は高く、その利用も、かつてなく広がっています。

Shorの警告が風化したという意味では、現在は “Post Shor” の時代です。

ただ、もう一つの "Post Shor" の時代もあります。

暗号資産の未来を謳歌しようとする層に比べて、過去のトラウマを抱えている暗号の世界の専門家の意識は、すこし複雑です。彼らは、しばらくの間ですが、トラウマを癒し克服する確信を見つけられないでいたのです。

現代暗号の理論的基礎が、計算複雑性の理論であることは理解していても、現実に利用されている暗号は、「素因数分解問題」「離散対数問題」にしろ、いずれも経験的に見つけ出されたものでした。

そのいずれもが、理論的には、「Shorのアルゴリズム」の攻撃の射程内にあることを、彼らは、よく知っていました。

かといって、その理論上の脆弱性を現実的な問題として提起するのにも躊躇があったとおもいます。解決策が見えなかったからです。

こうした状況を大きく変えたのは、 Regev でした。

Regev に先行して、Ajitaiは、暗号理論の基礎に、ラティス問題を置くことを提案しました。

Regev は、この道を理論的に飛躍的に発展させ、さらに、その理論に基づく、ほとんどのマシン・デバイスにも実装可能で、かつ「量子耐性」を持つと目される LWE暗号を提案したのです。

Regevの登場によって、“Post Shor” で “Pre Quantum” の中間時代である「ポスト量子暗号」 時代が始まったと、僕は考えています。

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動画「Regevの登場」を公開しました。ご利用ください。


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「ラティス暗号入門」のまとめページはこちらです。

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