不可逆過程の線形熱力学の二つの基本定理と「散逸構造」

【 お味噌汁と「散逸構造」 】

===========================
このテキストには、数式が含まれています。ただ、それは Latexのコードのまま埋め込まれています。メール、SNS等のテキスト・メディアでは、その部分は「文字化け」のように見えます。数式として見るためには、blog・スライドのpdf・ビデオを参照ください。
===========================

今回のセッションでは、不可逆過程の線形熱力学の発展の転換点になった二つの定理を紹介します。一つは「Onsagerの相互律」で、もう一つは Prigogineの「最小エントロピー生成原理」です。また、セッションの最後では、身近なところに現れる「散逸構造」を紹介します。

前回のセッションで見た不可逆過程の線形熱力学の基本的な関係式を確認しておきましょう。

⚫️ 単位時間当たりのエントロピー生成量 P
$J_p$を関与する様々な不可逆過程の流れ(化学反応、熱流、拡散...)、
$X_p$を対応する一般化された力(親和力、温度勾配、化学ポテンシャル...)とした時、  $$P = \frac{d_i S} {dt} = \sum  J_p X_p$$

⚫️ 流れと力の線形性の条件
線形性を表す係数(行列)を$L_{pp'}$とする時 $$J_p = \sum_{p'} L_{pp'} X_{p'} $$

⚫️ 平衡条件 $$J_p=0  かつ  X_p=0$$

【 Onsagerの相互律 】

熱伝導だけ考えれば、熱は高いものから低いものに流れます。物質の拡散だけを考えても、その式は簡単に求められます。問題は、二つの過程が同時に進行する場合です。例えば、冷たい角砂糖を熱いお茶につけて溶かす時、熱伝導と拡散の二つの過程が同時に進行します。

不可逆的な熱伝導をp, 不可逆的な拡散をq とすると、線形性の条件は次の二つの式で表されます。$$J_p=L_{pp} X_p + L_{pq} X_q$$ $$J_q=L_{qp} X_p + L_{qq} X_q $$

Onsagerの相互律は、次のことを主張しています。

不可逆過程pに対応する流れ $J_p$が、不可逆過程qの力$X_q$の影響を受けるとき、流れ$J_q$も同じ係数を通して力$X_p$の影響を受ける。この時 $$L_{pq}=L_{qp}$$

この関係の重要性は、その一般性にあります。この関係は多くの実験でその妥当性が試されてきました。この定理は、非平衡線形熱力学が平衡熱力学と同様に、特定の分子モデルに依存しない一般的な結果を導くことを初めて示したものです。

【 最小エントロピー生成原理 】

Prigoginの「最小エントロピー生成の原理」とは、不可逆的過程の定常状態、すなわち熱力学的変数が時間から独立した状態は、エントロピー生成率の最小値によって特徴づけられるということを主張します。

同じ境界条件に対応する、熱力学的変数が時間に依存した状態では、より高いエントロピーを生成するのに対して、時間から独立した、平衡に十分に近い定常状態では、エントロピー生産は最小になるというのです。

最小エントロピー生成の定理は、非平衡系の一種の「慣性」的な特性を表現しています。与えられた境界条件によって系が熱力学的平衡(つまりエントロピー生成がゼロの場合)に達しない場合でも、系は「最小散逸」の状態で落ち着きます。

エントロピーの最小生成の定理によれば、平衡付近の厳密に線形な領域では、エントロピー生成はリアプノフ関数であらわされます。系に摂動が加わるとエントロピー生成は増大するのですが、系はエントロピー生成の最小値に戻ることによって反応します。

線形非平衡熱力学におけるエントロピー生成の最小値に対応する定常状態は自動的に安定なものになります。

【 お味噌汁と「散逸構造」 】 

この定理は、厳密には平衡付近でのみ有効であることは明らかです。この定理を平衡から離れた状況に一般化するためにさまざまな努力が行われてきました。

そうした取り組みの中で、平衡から遠く離れたところでの、熱力学的挙動が全く異なる挙動を、不可逆過程の非平衡熱力学で説明することができるようになります。

その例が、「べナール対流」です。べナール対流は、昔からよく知られた現象で、上下で温度差のある容器のに入れられた液体の対流です。この対流は、特徴的なパターンを形成します。熱いお味噌汁をそのままにしておくと、その表面にべナール対流の作るパターンが見えます。

味噌汁の中の温度差による対流によって、まず、エントロピーの生成が増大します。ただ、それは、味噌汁の状態を不安定なカオスにするわけではありません。その先には、静止状態に比べて組織化されたパターンが現れます。こうしたパターンを実現するためには、巨視的な数の分子が巨視的な時間にわたってコヒーレントに動く必要があります。

ベナール対流の場合, 平均的な状態からの揺らぎとして常に小さな対流が 現れていると想像することはできるのですが, 温度勾配のある臨界値以下では, この揺らぎは減衰して消失します. しかし、ある臨界値を超えると、ある種のゆらぎが増幅され、巨視的な流れが生じます。新しい超分子秩序が現れ、それは基本的に、外界とのエネルギー交換によって安定化された巨大なゆらぎに対応します。

これが味噌汁の中の「散逸構造」の発生によって特徴づけられる秩序です。


-------------------------------------

「創発について考える」セミナー申し込みページ
https://emergence-in-ai.peatix.com/

ショートムービー「 不可逆過程の線形熱力学の二つの基本定理と「散逸構造」 」を公開しました。

https://youtu.be/XnFdkIy_SxI?list=PLQIrJ0f9gMcM1CSCpFfUuf25kD7b1JMM2

資料 pdf「 不可逆過程の線形熱力学の二つの基本定理と「散逸構造」 」 

https://drive.google.com/file/d/129ysL8qZT_Cu83awxJuaY4aNM7wMqXLq/view?usp=sharing

blog:「 お味噌汁と「散逸構造」 」 
https://maruyama097.blogspot.com/2023/07/blog-post_24.html

セミナー「創発について考える」まとめページ
https://www.marulabo.net/docs/emergence/

セミナー「創発について考える」に向けたショートムービー再生リスト
https://www.youtube.com/playlist?list=PLQIrJ0f9gMcM1CSCpFfUuf25kD7b1JMM2

コメント

このブログの人気の投稿

マルレク・ネット「エントロピーと情報理論」公開しました。

初めにことばありき

宇宙の終わりと黒色矮星