拡大された「推論」概念

【 拡大された「推論」概念 】

前回は、Fristonの「推論する脳」というアイデアが、Helmholtzの知覚論の影響を受けているという話をしました。

今回のセッションでは、Fristonが「推論」について、どのような考えを持っているのか、もう少しレンジを広げて紹介したいと思います。取り上げるのは、彼の “The mathematics of mind-time“というエッセイです。 https://aeon.co/essays/consciousness-is-not-a-thing-but-a-process-of-inference 

ここで彼は、「意識はモノではなく、推論のプロセスだ」という議論を展開しています。今回は、この議論の前半部分を紹介します。

【 Bennettの「こころの進化」論と「推論の逆転」 】

このエッセイの中で、Fristonは「こころの進化」というサブタイトルを持つ、Dennettの本 “From Bacteria to Bach and Back” を引用しています。

タイトルは、「ゲーデル、エッシャー、バッハ」(いわゆる「GEB本」)への当てこすりなのだと思うのですが、この本面白いです。

「創発」を考える上では、とても大事なことを言っていると思います。時間があったら、ぜひ、この「BBB本」もお読みください。

この本に、「二つの奇妙な推論の逆転」という章があります。二つというのは、DarwinとTuringが「奇妙な推論の逆転」を行ったという議論です。

Dennettは、Darwinを批判したBeverleyという人の進化論批判を紹介します。19世紀の議論ですが。

「ダーウィンの理論では、「絶対的無知」が製作者である。したがって、このシステム全体の基本原理として、

 「完璧で美しい機械を作るためには、作り方を知る必要はない」

と宣言することができる。この命題は、注意深く検討すれば、この理論の本質的な趣旨を凝縮した形で表現しており、ダーウィン氏の意をすべて一言で表現していることがわかるだろう。彼は、奇妙な推論の逆転によって、絶対的無知が、創造的技術のすべての成果において絶対的知恵の代わりを務める資格が十分にあると考えているようだ。」(Beverley 1868)

今回のセミナーのテーマは「創発」なのですが、多分、現代でも影響力のある代表的な「創発論」は「創造説」です。全知万能の存在が、「絶対的知恵」の持ち主が、全てを「創造」したという考えです。Beverley は「創造説」の立場から、「絶対的知恵」の代わりに「絶対的無知」を「創造者」の立場に置いたと、Darwinを批判しているのです。

Bennettの議論を離れますが、「絶対的無知」を出発点とするという考えは、Jaynesの「最大エントロピー原理」と共通するところがあります。彼は、それによって、従来の統計力学の「推論の逆転」を行ったのです。

TuringについてBennettは、こう語ります。

「Turingが行った奇妙な推論の逆転は、Beverleyの言葉を借りれば、次のようになる。

 「完璧で美しいコンピュータであるためには、数学とは何かを知る必要はない。」

彼が指摘したように、「どの瞬間におけるコンピューターの動作も、彼が観察しているシンボルと、その瞬間の彼の『心の状態』によって決まる」( Turing 1936)のだから。」

こうした議論については、「機械は推論する」という丸山の議論を参照してもらえればと思います。例えば、「人工知能と数学」https://www.marulabo.net/docs/aimath

僕の議論は、機械に「創発」として新たに「推論の能力」が生まれるというものではありません。コンピュータには、最初から「数学的・論理的推論能力」が備わっているというもので、それは、Turingの議論と、基本的には同じです。

ただ、今回のセミナー「創発について考える」で僕が関心を持った「創発的現象」は、機械そのものではなく、「機械の上に構築された構造の中」で起きたと思われる「創発」です。この区別は、意味があるものだと思います。

【 物事は、推論するために存在する 】

「デネットの解決策は、彼が「ダーウィンの危険な考え」と呼ぶもので、設計者がいなくても設計が可能であり、理解がなくても能力があり、推論者がいなくても理由(あるいは「自由に浮動する理由」)があるという洞察である。

私は、自然が自ら理由を持たずとも、その理由を作り出すことができることを示したいのだ。物事は理由のために存在するのではなく、あるプロセスを推論するために存在するのだと主張したい。ここで言う「推論」とは、推論や仮説設定から生じる説明、つまり潜在的な原因や規則、原理に基づいて観察を説明しようとすることを意味する。」

「プロセスに対するこの視点は、心が存在する理由について、むしろ抑制的ではあるが、エレガントな物語へと導いてくれる。推論は、進化、意識、そして生命そのものを含むすべての理論に近い。それはすべて仮説の設定なのだ。

私たちはすでに動いているプロセスとして世界に投げ込まれ、プロセスは(注意深く選択されたとしても)世界のまばらなサンプルに基づいて、「そこにあるもの」に向かって推論することしかできない。」

「しかし、推論を行う推論者が存在する前は、推論はどのように行われていたのだろうか?不活性な物質が意識に至るプロセスをどのように始めたのだろうか? 時間が進むにつれて、すべてがよりランダムに、分散し、混沌としてくるはずだ。では何が起こっているのか?」

【 推論とリアプノフ関数とアトラクター 】

「この空間を何かがどのように動くかは、そのリアプノフ関数に依存する。リアプノフ関数は、特定の条件下でシステムがどのような振る舞いをするかを記述する数学的量である。これは、特定の状態にある確率を、その状態の関数として返す。

さて、複雑系の重要な特徴は、リアプノフ関数を用いてより確率の高い状態に向かっているように見えることである。つまり、関数が返す数はどんどん小さくなっていく。このことは、このような系が少数の状態しか占めない傾向があること、さらにそれらの状態が何度も繰り返される傾向があることを意味する。」

「このような反復的で自己組織的な振る舞いが注目に値するのは、宇宙が通常どのように振る舞うかに反しているからだ。すべてのものは、時間の経過とともに、よりランダムになり、分散し、カオスになるはずである。それが熱力学の第二法則である。すべてのものはカオスに向かう傾向があり、エントロピーは一般的に増大する。
では何が起こっているのか?」

「複雑系が自己組織化するのは、アトラクターを持っているからである。アトラクターとは、相互に補強し合う状態のサイクルのことで、エネルギーが失われて停止するのではなく、動的平衡と呼ばれる状態を通じて、プロセスが安定点を達成することを可能にする。

アトラクターからの逸脱があると、思考、感情、動作の流れが誘発され、最終的にアトラクターのサイクルに戻り、慣れ親しんだ状態に戻る。人間の場合、身体と脳のすべての興奮は、アトラクターに向かって、つまり最も可能性の高い状態に向かって動いていると言うことができる。

私たちは皆、多様な可能性を秘めた巨大で高次元の状態空間を流れているが、アトラクターによって限られた円の中を動き回ることを余儀なくされている。新しい経験をするたびに、あなたの体の器官は、起きていることを慣れ親しんだパターンに当てはめようと推論する。」

「要約すると、われわれを含む複雑系は、リアプノフ関数がわれわれ自身のプロセスを正確に記述している限りにおいて存在する。

さらに、もし私たちが存在するのであれば、私たちのすべてのプロセス、私たちのすべての思考と行動は、私たちをより確率の高い状態へと押しやりながら、私たちのリアプノフ関数からの出力の数を減少させているに違いない。

推論とは、我々が「世界」と呼ぶシステムの観測された状態を説明する最良の原理や仮説を見つけ出すプロセスである。技術的には、推論は世界のモデルに対する証拠を最大化することを意味する。」

「上記の定式化を受け入れる限り、生物を含むあらゆる種類の複雑系について、究極の抑制的な説明ができることになる。

特定の状態を繰り返し占めるプロセス(あなたや私のような)は、その存在そのものによって、推論を行っているに違いない。」

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「創発について考える」セミナー申し込みページ
https://emergence-in-ai.peatix.com/

ショートムービー「 拡大された「推論」概念 」を公開しました。

https://youtu.be/J21EMyW2fYI?list=PLQIrJ0f9gMcM1CSCpFfUuf25kD7b1JMM2

資料 pdf「 拡大された「推論」概念 」

https://drive.google.com/file/d/12-UP8wiUe6ObRkfQI-uOPpZ2BZ9t9Urq/view?usp=sharing

blog:「 拡大された「推論」概念 」 
https://maruyama097.blogspot.com/2023/07/friston.html

セミナー「創発について考える」まとめページ
https://www.marulabo.net/docs/emergence/

セミナー「創発について考える」に向けたショートムービー再生リスト
https://www.youtube.com/playlist?list=PLQIrJ0f9gMcM1CSCpFfUuf25kD7b1JMM2

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