機械と散逸構造の違い

【 コンピュータ上では「創発」は起きそうもないこと 】

今回のセッションでは、プリゴジンの「機械と生物」との違いについての議論を紹介します。

依拠したのは、プリゴジンの死後(2003年)に第二版が出た、 “ Modern Thermodynamics -- From Heat Engines to Dissipative Structures”です。(第一版は、1998年出版されました。)

プリゴジンの「散逸構造論」は、オープンな系での「自己組織」構造の自発的な発生を非平衡の熱力学で基礎付けたものです。彼の散逸構造論は、分子から宇宙の構造まで、非常に広い範囲の現象に適応可能です。

この本の、「生物の熱力学的理論に向けて」という節は、生物に焦点を合わせて、生物の生み出す散逸構造を論じたものです。この中で、彼は生物と機械との区別を論じています。

ここでの彼の議論は、「機械自身の運動からは、散逸構造のような新しい構造は生まれない」と言っているのだと思います。それは正しいものだと思います。

以下、彼の議論を紹介します。「機械」というのを「コンピュータ」に置き換えて読むといいと思います。また、「生物」の発生についても、まだまだ不完全な理論しか持っていないことが強調されていることに留意ください。

【 機械と生物 】

「機械の組織、その構造と機能は、機械の外部のプロセスから生まれる。そのため、これまで遭遇したことのない機械に遭遇したとき、それを分解し、その構成部品がどのように作られ、配置されているかを分析することで、私たちは機械を作る方法を得ることができる。」

「生物はそうではない。私たちは100年以上にわたって、生きた細胞の構造と組織について分析を行ってきた。分子レベルに至るまで、その構成については膨大な知識を持っているにもかかわらず、生きた細胞の作り方や、それに漠然と似た細胞の作り方すら知らないのだ。」

「生物は、不可逆的な内部プロセスによってもたらされる自己組織化に基づいている。機械の組織は、機械の外部にあるプロセスからもたらされ、理想的な機械は可逆的である。私たちはまだ、不可逆的過程とそこから生まれる自己組織化に基づく技術を開発していない。50年以上前に始まった散逸構造の研究は、生物を生み出すプロセスについての洞察をまだ得られていない。」

「機械と生物になぜこのような違いがあるのか? それは、生物を生み出すプロセスが、私たちのテクノロジーの一部ではないからである。

生物は、不可逆的な内部プロセスによってもたらされる自己組織化に基づいている。機械の組織は、機械の外部にあるプロセスからもたらされ、理想的な機械は可逆的である。

私たちはまだ、不可逆的過程とそこから生まれる自己組織化に基づく技術を開発していない。50年以上前に始まった散逸構造の研究は、生物を生み出すプロセスについての洞察をまだ得られていない。それは未来への挑戦である。」

その上で、彼は、「機械と散逸構造」の違いを一つの表にまとめます。

基本的な論点は、「機械は、可逆的な物理法則に従う」のに対して、「散逸構造は、不可逆的な熱力学に従う」というものです。量子ゲート型の量子コンピュータも、それを構成する量子ゲートはユニタリですので、可逆な物理法則に従います。

この表には、機械と散逸構造の違いについて、基本的な論点が挙げられています。

残念ながら、テキストだけでは表を表現することは難しいので、ぜひ、スライドの pdf あるいはビデオで、表ををご覧ください。

これ以外にも、生物の「進化」の熱力学的特徴づけや、生物の行動の特徴づけについて、興味ある提案がなされます。こちらも、スライドのpdf あるいはビデオををご覧ください。


-------------------------------------

「創発について考える」セミナー申し込みページ
https://emergence-in-ai.peatix.com/

ショートムービー「 機械と散逸構造の違い 」を公開しました。

https://youtu.be/FYGkX5F-nXU?list=PLQIrJ0f9gMcM1CSCpFfUuf25kD7b1JMM2

資料 pdf「 機械と散逸構造の違い 」

https://drive.google.com/file/d/13W6wNCSIpCWd67QepSDw8ZXzoJlJ5p96/view?usp=sharing

blog:「 コンピュータ上では「創発」は起きそうもないこと 」 
https://maruyama097.blogspot.com/2023/07/blog-post_26.html

セミナー「創発について考える」まとめページ
https://www.marulabo.net/docs/emergence/

セミナー「創発について考える」に向けたショートムービー再生リスト
https://www.youtube.com/playlist?list=PLQIrJ0f9gMcM1CSCpFfUuf25kD7b1JMM2



コメント

このブログの人気の投稿

マルレク・ネット「エントロピーと情報理論」公開しました。

初めにことばありき

人間は、善と悪との重ね合わせというモデルの失敗について