オイラーの標数の「式の形」を考える
【 オイラーの標数の「式の形」を考える 】
このセッションでは、オイラーがオイラーの標数の式をどのように導いたかを考えてみようと思います。
もっとも、この件についてオイラーが考えたことの何か歴史的資料が残されているわけではなさそうです。(僕が知らないだけかもしれませんが)
ここでは、残されたオイラーの標数の「式の形」から、オイラーが考えたことを考えていきたいと思います。
【 ふたたび、オイラーが数えたものについて】
基本的には、オイラーが数えたものを考えてみましょう。
集合{X}の要素の数を数えた時、その数を#{X}で表すことにしましょう。
Aのオイラーの標数
= #{Aの頂点の集合} ー #{Aの辺の集合} + #{Aの面の集合}
オイラーが示したことは、この三種類の数え上げの結果を組み合わせると(足し算と引き算が交互に登場するので、「交代和」と言います)「変わらない大きさ」が得られるということです。
何度見ても、素晴らしい発見ですね。
ただ、不思議な発見だと思います。
【 なぜ、「三つの集合」なのか?】
今度は、なぜ、{Aの頂点の集合} と{Aの辺の集合} と{Aの面の集合}という三つの集合に注目したのかを考えてみましょう。
これには、答えることができるかもしれません。
オイラーが見ていたのは、3次元の多面体Aです。
{Aの頂点の集合} は、0次元の形を持つAの部分集合です。
{Aの辺の集合} は、1次元の形を持つAの部分集合です。
{Aの面の集合} は、2次元の形を持つAの部分集合です。
3次元の対象であるA自身を除いて、Aに属する任意の部分集合は、すべて0次元か、1次元か、2次元の次元を持ちます。
カントールなら、3次元の対象も基本的には0次元の点の集まりとして考えたかもしれません。そこが、カントールとオイラーのアプローチの違いです。そのことについては、後で振り返ります。
多面体を構成する部分集合の{頂点、辺、面}という三つの集合へのオイラーの分類は、多面体の三つの集合たちによる自然な「分割」を提供していることに注目してください。
( 「「頂点」の集合は、「辺」の集合としても、「面」の集合としても、二重、三重にカウントされている」というツッコミは、ここでは忘れましょう。)
【 「同じ形」=「同じ次元」を持つもの】
オイラーの標数が、なぜ、三つの項を持つのかということですが、オイラーの多面体を構成する三つの部分集合への注目は、基本的には、その部分集合の「次元」に注目したものだということがわかります。
3次元の多面体を構成する、基本的な部分集合は、0次元か、1次元か、2次元 かの 三つの次元を持ちます。
今まで、直感的に、「点は点」「辺は辺」「面は面」で「同じ形」をしていると述べてきたのですが、そこでの「同じ形」というのは「同じ次元を持つ形」だということです。
オイラーは、同じ次元を持つものの形の数を数えているのです。
【 「同じ次元を持つ形」の数え方】
「同じ次元を持つ形」という抽象は、強力なものです。この抽象によって、 「点は点。すべて0次元」「辺は辺。すべて1次元」「面は面。すべて2次元」と「同じ形」としてグループ分けされ、それからカウントが始まります。
ただ、この三つの集合に対する三つの「数え方」は、それぞれ異なる特徴を持っています。
英語だと、その違いを表現するのは難しいかもしれません。
ただ、日本語だと、0次元の点は「一個、二個、...」と数え、1次元の辺は「一辺、二辺、 ...」と数え、2次元の面は「一面、二面、..」と数えるのは変ではありません。
【 「同じ次元を持つ形」という抽象で捨象される量】
その数え方の違いを説明するためには、数えるときに捨象される対象の性質に注目する必要があります。
面の数を数える時、我々は、2次元の対象であるそれぞれの面がそれぞれ異なる「面積」という量的規定を持つことを捨象して、その面数を数えます。
辺の数を数える時も同様です、我々は、1次元の対象であるそれぞれの辺がそれぞれ異なる「長さ」という量的規定を持つことを捨象して、その本数を数えます。
0次元の対象である頂点の数のカウントは、少し違います。点には、捨象すべき属性を持たないからです。
この頂点のカウントは、先にも述べましたが、カントールの集合の基数(cardinal number)の数え方と同じものです。
ただ、面積や長さは、面積や長さを持つ平面上や直線上の点の「濃度」には還元されません。カントールが明らかにしたように、1次元の直線上の点の濃度は(たとえどんなに短い直線であろうと)、n次元の立体上の点の濃度と等しいからです。
こうした量は、一般には「測度」と呼ばれます。
直感的に言えば、「個数」は自然数に値を取り、「数える」ことで与えられるのに対して。「測度」は実数値をとり、「測る」ことで与えられます。
【 オイラー標数の不思議 −− 交代和 】
オイラー標数の式 𝑣 − 𝑒 + 𝑓 = 2 には、交代和という不思議な形が現れます。
偶数次元の0次元の形である点の数vと2次元の形である面の数fは、そのまま単純に足されるのに対して、奇数次元の1次元の形である辺の数eは、引かれます。
オイラーの標数の式の現代的な証明は、ポアンカレの1895年の論文で与えられます。
Henri Poincare
Analysis Situs and Its Five Supplements
ここでは、現代のトポロジー論の先駆けとなったポアンカレの証明を紹介することはできないのですが、オイラーはもちろんこうした証明を知っていたわけではありません。
それにもかかわらず、オイラーは、偶数次元と奇数次元の空間の性質の違いを直感的に把握していたように思えます。素晴らしい!
(次元の偶奇による空間の性質の違いは、現代の数学でも、現代の物理学でも、大きなテーマであり続けています。)
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セミナーのまとめページ
スライド「オイラーの標数の「式の形」を考える」のpdf ファイル
https://drive.google.com/file/d/1ZJJlX37AoH3Tt7zt3kEKxZ_6UtjBhGZY/view?usp=sharing
ショートムービー「オイラーの標数の「式の形」を考える 」
https://youtu.be/s8G_n-4ss9A?list=PLQIrJ0f9gMcPmPimhgAIUUh98fyLSM6iB
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