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AIと数学 -- 「数学と理論計算機科学における10の進展」

【 AIと数学 -- 「数学と理論計算機科学における10の進展」 】 AIと数学の領域の現状を知るうえで、先日OpenAIが公開した"Ten Advances in Mathematics and Theoretical Computer Science(「数学と理論計算機科学における10の進展」)" という論文(正確にはAIが解いたという10の問題についての10の個別論文を束ねてひとつにまとめたものです)は重要なものです。 Fable 5が登場したときに、彼との対話で彼は面白い表現で証明の二つのタイプを区別していました。一つは、自然言語の上で数学的証明を行う昔からある「手書きの証明」と、もうひとつは、leanやCoqといった形式的証明検証システムを用いた「形式的証明」の区別です。 この区別に従えば、先に上げた10本の論文は、いずれも、昔ながらの数学論文、「手書きの証明」にほかなりません。この10本の論文を読んでも、そこには、表現のレベルでは、さしたる「進展」はありません。 ただ、重要な「進展」があるのです。それは、OpenAIが10個の数学の問題すべてに対するlean上での「形式的証明」を、GitHubで公開したことです。AIと数学の領域では、AIはLLMベースの生成AIから、Neuro+Formal ベースのAIに進化・発展しているのです。この変化は重要です。 興味深いことは、OpenAIは先の文書の公開と同時に、"How the Ideas Came Together(「これらのアイデアがどのようにまとまったか」)" という文書を公開しています。この文書は、いわば、「手書きの証明」と「形式的証明」の「隙間」を埋めるために作られたものだと思います。 この文書を見て僕が感じたことは、AIが自律的に数学の問題の「形式的証明」を完成させたというよりも、数学者がAIを利用して、懸命に(ある意味では賢明に)、形式的証明を完成させたというイメージでした。僕は、それでいいと思います。みなさんは、何を感じましたか? ---------------------------- Ten Advances in Mathematics and Theoretical Computer Science https://cdn.openai.com/...

AIと数学 -- AIはどのような問題をどのように解いたのか (3)

 【 AIと数学 -- AIはどのような問題をどのように解いたのか (3) 】 僕が何度かセミナーで取り上げながら、そのことを忘れていた問題がもう一つありました。それが、7番目の問題 いうです。それは、n次元のLattice空間で格子点に一番近いベクトルを求める問題です。このトピックについては、2022年9月のセミナー「ラティス暗号入門」で詳しく取り上げています。 このセッションでは、まず、AIがどのような問題を解いたのかを知ってもらうために、この "Closest Vector Problem" がどのような問題であるのかを、これまでのマルレクのセミナー「ラティス暗号入門」の資料を通じて紹介しようと思います。といっても、改めて過去の資料を読んでほしいということなのですが。 このセミナー「ラティス暗号入門」では、"Closest Vector Problem" を解くことの難しさを利用した量子耐性を持つ(量子コンピュータでも破れないという意味)新しい暗号技術「ラティス暗号」技術の紹介がメインテーマです。そこでは、ラティス暗号」技術の中核である Oded Regevが開発した、"LWE (Learning with Errors)" という手法と"Closest Vector Problem"の関係が論じられています。 ただし今回、OpenAIが公開した"Closest Vector Problem (CVP)" についての論文は、それとは違ったアプローチを取っています。そこでは、代表的な「NP完全問題」である 「3SAT問題」からの決定論的多対一の多項式時間還元によって GapCVP がNP困難であることを直接証明しています ---------------------------- 2022/09/30「ラティス暗号入門」 まとめページ https://www.marulabo.net/docs/cipher3/ コンシェルジェαバージョン https://www.marulabo.net/20220933md/ 「ラティス暗号入門」 講演資料 pdf  https://drive.google.com/file/d/1F7ShzeRuDl0mLCe69kX32fgD...

AIと数学 -- AIはどのような問題をどのように解いたのか (2)

 【 AIと数学 -- AIはどのような問題をどのように解いたのか (2) 】 前回のセッションから、「AIはどのような問題をどのように解いたのか」というトピックを取り上げています。まずは「AIはどのような問題を解いたのか」の紹介から始めたいと思います。 前回のセッションでは、「今回発表された10の数学的問題の多くは、僕は全く知らないものでした。ただ、そのうちの一つ、第4番目の問題「A Counterexample to Connes Rigidity (コンヌ剛性に対する反例)」は、よく知っている問題でした。」と書いたのですが、恥ずかしいことにその僕の認識は、間違っていました。 ボケている証拠です。6番目の問題 "Quantum parallel repetition." も、7番目の問題 "Closest vector problem." も、それに関連した話題をマルレクで取り上げていました。ボケの弁解は後回しにして、このセッションでは、6番目の問題に関連したマルレクの資料を紹介しようと思います。 実は、この6番目の問題は、僕が「この問題は知っている」といった4番目の問題と深い関係があります。前回のセッションで述べたように、Connnes予想が偽であるという証明は、量子情報理論の画期的な大定理 MIP*=RE 定理の系として導かれたものです。 Connnes予想が偽であるなら、MIP*=RE 定理でのTsirelson限界の利用のような量子情報論的な性質を使わずとも、純粋に代数的にその反例を構成できるはずだというのが、4番目の論文の基本的な動機になっています。そしてそれに成功したのです。 一方、MIP*=RE 定理の証明の骨組みを構成しているのは、二人のentangleした万能の証明者との対話を通じて、我々は何を知りうるのかという「対話型証明 Interactive Proof 」の手法です。そして、6番目の論文 " Exponential Parallel Repetition for All Two-Player Entangled Games" は、この Interactive Proof 分野での未解決の問題を扱ったものです。 マルレクでは、セミナー「MIP*=RE 入門 — Interacti...

AIと数学 -- AIはどのような問題をどのように解いたのか?

 【 AIと数学 -- AIはどのような問題をどのように解いたのか (1) 】 今回のセッションから、AIはどのような問題をどのように解いたのかを、少し詳しく見ていこうと思います。 今回発表された10の数学的問題の多くは、僕は全く知らないものでした。 ただ、そのうちの一つ、第4番目の問題「A Counterexample to Connes Rigidity (コンヌ剛性に対する反例)」は、よく知っている問題でした。 コンヌ予想が誤りであることが、5人の若いコンピュータ科学者によって意想外の斬新なアプローチで鮮やかに証明されたのは、2020年の1月のことでした。僕は、この証明とそのスタイルにショックを受けました。 2020年の11月27日に、この証明をテーマにしたセミナー「コンピュータ・サイエンスの現在 — MIP*=RE定理とは何か?」を開催しました。そのセミナーの呼びかけを再掲します。 「コンピュータ・サイエンスは、今、大きな転換点を迎えています。 その変化は、一言で言えば、コンピュータ・サイエンスは、単に「コンピュータ=計算機についての理論」ではなく、情報理論や物理学や数学などの数学的手法を用いる幅広い数理科学の中心的な理論として登場しつつあると言うことです。 こうしたコンピュータ・サイエンスの進化を象徴的に示すのが、2020年の1月に証明された “MIP* = RE定理”(「ミップ・スター・イコール・アールイー定理」と読みます)です。この定理は、数十年間未解決であった純粋数学の問題を解決し、また、同じく未解決であった量子力学の基本的な問題を解決しました。こうした問題の解決が、数学者や理論物理学者によってではなく、「コンピュータ・サイエンティスト」によって行われたことは、ある意味驚くべきことです。 数理科学の世界だけでなく、”MIP* = RE定理” は、ITの世界で、セキュリティの向上や新しい暗号化技術、さらには、最適化問題の近似的な解決法、新しいデバッキング手法の開拓などに幅広い応用を持つことが期待されています。 セミナーでは、できるだけ分かりやすく、”MIP* = RE定理” の概要を説明できたらと考えています。多くの皆様の聴講を期待しています。」 なかなか骨太の理解が難しい定理なのですが、お盆休みにでも、ゆっくりその概要を眺めてもらえ...

AIと数学 -- 「人工知能と数学に関するライデン宣言」

 【 AIと数学 -- 「人工知能と数学に関するライデン宣言」 】 昨日紹介した Nature誌に掲載された「いかにしてAIが数学をだめにするのを防ぐか」というブログ記事のもとになっているのは、あの記事でも触れられていますが、「人工知能と数学に関するライデン宣言」という文書です。 現在 3,000人の数学者がこの宣言に同意し署名しているといいます。この文書は、少なくない数学者が、現在の人工知能技術に対してどのような懸念を抱いているかを知るうえで役立つもだと思います。 できるだけ多くの人がこの文書の内容にアクセスしやすくするために、この文書の翻訳を行いました。文末(コメント欄)に、URLを上げておりますので、是非、お読みください。 AI と数学に関する僕の基本的立場は、以前のマルレク「コンピュータと数学 -- TuringからVeovodskyまで」にまとめてあります。 二年前のこのセミナーでは、あえて「AIと数学」というタイトルを採用せず、「コンピュータと数学」というタイトルにこだわっています。こうした論点については、「コンピュータと数学 -- TuringからVeovodskyまで」(コンシェルジェαバージョン)の「全体概要」のセクションをご覧ください。 重要なことは、二年前にはLLMベースの「AIは数学の問題も解ける」という根拠のない楽観論に対してむしろ必要だった「AIと数学」論と「コンピュータと数学」論の区別が、この間のAI技術の急速な進化によって、もはや古いものになりつつあるということです。 現在のAIは、LLMの驚異的な言語能力の上に、コンピュータが本来持っていた強力な「数学的=論理的」能力を統合した、Neuro-Formal システムへと急速に進化しつつあります。AIの発展段階論では本質的な意味をもつこの変化に、残念ながら、多くの人は気づいていません。「ライデン宣言」も、その例外ではないと僕は考えています。 --------------------------- Leiden Declaration on Artificial Intelligence and Mathematics https://leidendeclaration.ai/  「人工知能と数学に関するライデン宣言」日本語訳 https://maruyama097.bl...

人工知能と数学に関するライデン宣言

  人工知能と数学に関するライデン宣言 署名 署名者一覧 ニュース フィードバック 概要 お問い合わせ 報告 人工知能と数学に関するライデン宣言 本宣言は、数学研究における人工知能の利用がもたらす課題に対処するための行動を呼びかけるものである。これは学術コミュニティによるイニシアチブの結果であり、国際数学連合(IMU)によって 支持 されている。 この宣言に署名する 宣言文を読む 宣言文をダウンロード 支持表明 署名者一覧を表示 宣言を共有する 宣言文 人工知能と数学に関するライデン宣言 2026年6月2日 · DOI: 10.5281/zenodo.20302944 前文 技術の発展は、数学の実践を繰り返し変革してきた。数学の生成や形式化のための記号的手法やニューラルネットワーク手法を含む最近の人工知能技術は、この長い歴史においてすでに重要な一章を切り開いたかもしれない。研究者たちの間では、人工知能に対して、新たな発見をもたらす可能性への熱意、発展のスピードへの不安、こうした急速な変化への無関心、そして数学およびより広い社会への影響に対する懸念など、幅広い反応が見られる。 数学者は、研究の遂行において人工知能を採用するかどうか、またどのように採用するかについて選択の余地がある。また、数学という学問分野が今後も繁栄し続けることを確保する責任も負っている。本宣言は、数学者に対しこの責任を果たすよう呼びかけるとともに、個人、機関、政府、産業界に向けた提言を示すものである。 我々は数学研究の視点を採用しているが、ここに記す内容の多くは、数学の他の側面にも同様に当てはまる。これには、広義の数学科学、教育、指導、出版、資金調達、科学政策、そしてより広い世界における数学の活用などが含まれる。 本宣言は、学界の内外を問わず、同様の課題に直面している他の研究活動や創造的職業との連帯の精神に基づいて策定されたものである。本宣言は、 『ウプサラ科学者倫理規範』 、 『研究評価に関するサンフランシスコ宣言』 、 『ユネスコ・オープンサイエンスに関する勧告』 、および 『英国科学者向け普遍的倫理規範』 といった他の行動要請を補完するものである。 国際数学連合出版委員会 、 産業・応用数学学会 、および 米国数学会 も、関連資料を公表している。 私たちの価値観について 私たちの提言...

AIと数学 -- 「いかにしてAIが数学をだめにするのをふせぐか」

【AIと数学 -- 「いかにしてAIが数学をだめにするのをふせぐか」】 Nature誌 Volume 655 Issue 8125, 30 July 号に、数学者のJim Portegies氏が "How to prevent AI from harming mathematics" という興味深いブログ記事を投稿しています。 今回は、この記事の概要を示すことにとどめます。 「数学者は、AIが自身の研究分野に与える影響を早急に認識し、脅威を軽減するために迅速に行動しなければならない。 私たちが知る科学は、人工知能(AI)の急速な発展によって脅威にさらされています。生成AIの台頭により、チャットボットの助けを借りて書かれた質の低い研究論文の投稿が増加しています。そして、最も強力なモデルを掌握しているのはテクノロジー企業です。科学分野におけるAIへの投資が加速する中、テクノロジー企業が事実上、研究者が投げかける問いそのものを形作るようになる日も、そう遠くないかもしれません。」 「数学の中核的価値が脅かされています。民間企業が所有する技術への依存は、使用するシステムに関して何らかの決定権を持つ科学者、あるいは少なくともそのモデルにアクセスできる科学者にのみ、数学研究の機会を限定してしまう恐れがあります。もう一つの問題は、AI企業が、査読付き論文ではなくブログ記事やプレスリリースを通じて成果を発表し、モデルの学習方法に関する情報をほとんど公開しない場合、オープンサイエンスを損ない、過度な期待を煽ってしまうという点です。」 「数学者は、数学がAIによって解決されるという主張や、数学分野におけるAIの進歩が汎用人工知能(AGI)につながるという主張など、こうした議論に積極的に関与し、科学的な視点を提示しなければなりません。こうした根拠のない主張は、人々の注目を集めるだけでなく、時期尚早な憶測を通じて社会的な不安を煽る可能性もあります。しかし、現在のAI技術がもたらす脅威を認識するのに、憶測など必要ありません。」 「AIがもたらす脅威は、数学の領域にとどまりません。数学者は、他の分野の研究者、専門家、資金提供者、政府、国際機関と協力する必要があります。政策立案者は、著者の権利を法的に保護し、結果の解釈や過度な期待の抑制については学者に委ね、公共インフラへの投資...