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AdS/CFT対応と量子誤り訂正コード

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量子コンピュータが、従来のコンピュータでは実際の時間内では計算できないような、例えば、長いキーを持つ暗号を解くことができることは、よく知られている。 しかし、量子コンピュータが暗号を解いたという話は、聞いたことがない。それなのに、なぜ、量子コンピュータが複雑な暗号を解けるということがわかるのだろう? もちろん、それは、「理論的」に証明されただけだからということなのだが、実際には、もう少し、話は込み入っている。 実は、暗号解読の基礎になる、量子コンピュータによるShorの素因数分解のアルゴリズムを実装した、「量子ゲート」からなる「回路図」は、もう、ちゃんとできているのだ。図に、その一部を示す。 問題は、「回路図」は出来ているのだが、「回路」の実装ができないのだ。量子ゲートが、正しく機能するためには、コヒーレントな状態を長い時間維持しなければならないのだが、それが難しいのだ。 それも当然である。 量子の世界の、無数の状態の「重ね合わせ」とか「エンタングルメント」といった奇妙な性質が、現実の世界では、全く観察できないのは、現実の世界では、コヒーレントな状態を破壊するデコーヒレントな力が、圧倒的に強いからだ。これに抗するのは、容易ではない。 D-Wave等の、いわゆる「アニーリング型量子コンピュータ」は、いわば、ずっと「設計図はできているんだけど」といい続けているけど、実装「回路」を作れず足踏みしている「量子ゲート型量子コンピュータ」への、「もっと、別の攻め方も、あるんじゃないの」というアンチ・テーゼなのだ。 ただ、量子コンピュータの本命は、「量子ゲート型」である。 ここでも前進はある。 2012年度のノーベル物理学賞は、「量子世界での粒子のコントロール」への貢献で、イオン・トラップ、光子トラップのSerge Harocheと David J. Wineland に与えられた。 授賞理由は、次のようなものであった。「両氏は、独立に、以前には達成出来ないと考えられていたやりかたで、個々の粒子を量子力学的な性質を保存したまま、計測し操作する手法を発明し発展させた。」 もう一つの前進は、量子コンピュータ内、量子ゲート間の正確な信号の受け渡しを可能とする「量子誤り訂正コード」技術の研究が進んだことである。 両者ともに、

相対論と量子論の統一

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20世紀の物理学の大きな問題は、宇宙の巨大な時空を記述するのに成功した相対論と、極微の素粒子の世界の記述に成功した量子論をどう統一するのかということだった。 二つの理論の統一を目指す理論を、「量子重力理論」というのだが、大雑把に言って二つの立場があった。一つは、量子論の枠組みに相対論を取り込もうというアプローチだ。もう一つは、相対論の枠組みに量子論を取り込もうというアプローチだ。 ただ、両者とも、自分のホームグランドに、相手を引き込もうと、いろいろやったのだが、どうもうまくいかない。 そこに登場したのが、アルゼンチンの物理学者マルデセーナだ。彼の理論は、両陣営の対立(といっても、どちらも成功していなかったのだが)の、いわば、「斜め上」をいくものだった。 マルデセーナは、時空の理論と量子論的場の理論が、住む世界が違うことを発見する。キャンベルの缶スープに喩えれば、時空の理論が棲んでいるのはスープの部分で、量子論が棲んでいるのは、缶の部分だという。 (彼の発見は、100年近く経っても、二つの理論の統一ができなかったことを、別の見方から、説明するものになっているのは、面白いことだ。スープは缶ではないし、缶はスープにはなれない。) 重要なことは、彼が、二つの理論を、「全く別世界に棲むもの」として切り離したのではなく、両者の対応関係を発見したことだ。スープの「境界」が、缶であることが、本質的に重要だった。 (ブラックホールのエントロピーを担う、その「地平」も、ブラックホールの内部と外部を隔てる「境界」だ。) 両陣営とも、マルデセーナの主張を受け入れることになる。相対論と量子論の統一は、新しい段階に突入する。 その中では、時空を結びつけているのは、エンタングルメントのエントロピーだとする主張が登場する。これは、時空を結びつけているのは「情報」であるという、驚くべき主張だ。 この辺りは、以前に blogにまとめたことがある。興味のある読者は、次を読んでいただければと思う。「ER=EPRに先行したもの (超入門編)」 https://maruyama097.blogspot.com/2017/06/erepr.html

9/28 マルレク講演概要

9/28 マルレク「IT技術者の為の情報理論入門」の一般のお申し込みは、今週中に、次のサイトから可能になります。 http://peatix.com/event/297295/ 講演概要です。 ------ 概要 ------ 講演では、次の4つの話をします。   1.  ボルツマンのエントロピー     2.  シャノンの情報量   3.  ディープ・ラーニングとエントロピー   4.  エネルギーと情報 -- 21世紀の科学の展望 2時間の講演ですので、情報という概念が、21世紀の科学で中心的な役割を果たそうとしている大きな流れを、エピソードを中心に、わかりやすく説明できればと思っています。 以下、それぞれの内容です。 1.  ボルツマンのエントロピー 19世紀、ボルツマンは、産業革命を牽引した蒸気機関の効率化を目指す中で経験的に発見された「エントロピー」という量に、原子論の立場から、明確な理論的な説明を与えました。彼がマックスウェルと共に、その成立に大きく貢献した統計力学の手法は、現代の技術の基礎である、20世紀の物理学に大きな影響を与えることになります。 2.  シャノンの情報量 20世紀、シャノンは、ボルツマンと全く異なる情報の分野で、全く異なるアプローチをとりながら、ボルツマンらと同じ定式を満たす量を発見します。その量もエントロピーと呼ばれることになります。シャノンの理論は、20世紀の情報・通信の世界の発展に、中心的な役割を果たすことになります。 3.  ディープ・ラーニングとエントロピー 21世紀初めにAI技術の一部として普及したディープラーニング技術では、エントロピーに起源を持つコンセプトが利用されています。Cost関数として使われるcross entropy関数や、分類器として利用されるSoftMax関数がその例です。それらの背景と意味を理解することは、ディープ・ラーニング技術を深く理解する上で、重要なことです。 4.  エネルギーと情報 -- 21世紀の科学の展望 21世紀の物理学の変化を変化を牽引している主役の一人は、情報理論です。ブラックホールやエンタングルメントといった奇妙な物理現象の謎を解き明かすのに、量子情報理論と複雑さの理論は、欠かせない武器の一つになりつつあります。ここでは

「マルレク+MaruLabo」フォロアー 3,000人超える

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「マルレク + MaruLabo」コミュニティ・ページのフォロアーが、今日、3,000人を超えたようです。皆様の、ご支援に感謝です。今後とも、よろしくお願いします。 https://www.facebook.com/marulec2014/ Facebookで「友達」になっている人の 1/3ほどしか、「マルレク + MaruLabo」ページに「いいね」していないことに気づきました。なんでかな?

ブラックホールに、一個のフォトンが落ちると ...

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今、ブラックホールに、フォトン(光の粒子)が一個落ち込んだとする。このフォトンは、1bitの情報を持っているとする。 (本当は、フォトン一個は、無数の情報を持ちうるのだが。フォトンの波長を、ブラックホールの地平の半径と同じ程度に広いものにすれば、フォトンの輪郭はぼやけ、それが持つ情報を小さなものにできる) この時、ブラックホールのエネルギーは、どれほど増えるだろうか? それは、ブラックホールに落ち込んだ、1bitの情報を運ぶフォトンのエネルギーだけ増える。その量は計算できる。 エネルギーは質量に等しいので、この時、ブラックホールの質量が、どれだけ増えるかがわかる。 ブラックホールの地平の半径Rは、ブラックホールの質量Mで決まる。半径がわかれば、その地平の面積の変化を計算できる。 物理学者のサスキンドが、太陽程度の質量を持つブラックホールで、この計算をしている。 1bitの情報を持つフォトン一個が、ブラックホールに落ち込むと、ブラックホールの質量は、10^{-45}キログラム増えるという。小数点のゼロの下にゼロが45個並ぶ数だから、普通なら、無視しても構わない変化だ。 この時、地平の半径は、10^{-72}メーター伸びるという。さっきの変化より、もっともっと小さい。普通なら、無視しても構わない変化だ。 この時、地平の面積は、10^{-70}メーター広くなる。これも、無視して構わない変化だ。 まてよ。 サスキンドは、ここであることに気づく。10^{-70}というのは、プランクの長さ h= 10^{-35}の二乗じゃないか? そこで、ブラックホールの質量を、いろいろ変えて計算すると、驚くべきことに、どんな質量のブラックホールでも、1bitの情報を持つフォトンが飛び込むと、その地平の面積は h^2 プランク長の二乗分だけ広がるのである! (一部、脚色あり。) イメージとしては、こういうこと。 ブラックホールの地平が、h x h のマス目で、びっしり埋められているとする。ここに、1bitの情報をもったフォトンが、飛び込むと、新しいマス目が、他を押しのけて一つ増えるということ。なんか、格好いい発見である。 落ち込んだフォトンの情報は、地平の平面にへばりつくのだ。 これは、「ブラックホールのエントロピーは、

ブラックホールに、僕が落ちると

ブラックホールに、僕が落ちていくとしよう。どこまで落ちれば、僕はブラックホールに飲み込まれたと言えるのだろう? ブラックホールの中心には、時空の構造が破綻している「特異点(Singularity)」があるのだが、この特異点に到達しないと、僕は、ブラックホールに飲み込まれたことにならないのだろうか? そうではない。 ブラックホールにロケットで近づいていっても、ある程度離れていれば、逆噴射してブラックホールから離れることができる。ただ、ある一線を越えると、どうやってもブラックホールの重力から抜け出すことができなくなる。 この、ブラックホールの中心を取り囲んでいる、そこを越えれば絶対に帰ることのできない球状の境界を、ブラックホールの「地平(Horizon)」という。ブラックホールに落ちたといえるのは、この「地平」を超えた時である。 ただ、このブラックホールの「地平」は、なんの目印もない空間上の境界である。ブラックホールに近づいて、この境界を超えても、特に変わったことが起きるわけでもなく、僕は、そのことに気づかないだろう。 もっとも、ブラックホールに近づくと強い重力(重力そのものというより、その「潮汐力」)が、僕をバラバラにするだろうし、太陽程度の質量のブラックホールの地平の半径は、3,000メートル程度だから、境界を超えたと思ったらすぐにシングラリティに飲み込まれるのだが。 ただ、もしも、僕が重力に強い耐性をもっていて、銀河の中心にあるような超巨大なブラックホール(超巨大な半径の地平を持つということ)に落ち込んだとしたら、ブラックホール中心のシンギュラリティに激突するまで、6-70年くらいの時間がかかるとすれば、僕は、境界を超えたことにも気づかず、ブラックホールの内側で、Facebookをしたりカラオケに行ったり、楽しい人生を送ることができるかもしれない。 ただし、僕が、その「地平」を超えた時、僕は能天気に何も気づかないのだが、それをブラックホールの外側で見ていた人は、僕の姿がゆっくりと見えなくなるのをみるだろう。そして、それ以降、僕の情報は、だれにも届くことはない。

講演準備始める --- ひとりごと

マルレクの講演スライド作りを始める。 エントロピーや複雑さについては、Facebookで時々投稿していたので、それらをコピペすれば、なんとかなるだろうと思っていたのだが、やってみると、どうも隙間だらけで、飛躍がある。他にやることたくさんあるのに、手間取りそう。 (仕事、いろいろ止まっています。関係者の皆様、そのうち復帰しますので、お許しください。) ディープラーニングでよく使うSoftMaxについては、Facebookではなく、blogの方に書いていたし「Softmaxを他の目で見る 」  https://goo.gl/SrNJr2  、Cross Entropyについては、説明不足。数学的なコンセプトを説明するのは、難しい。そこは、頑張らないと。わかりやすくするようガンバリます。 最低限、SoftmaxとCross Entropy については、AIやってる人には、役に立つ情報が提供できると思う。(「役に立つ」と思ってもらうのは、「役に立たない」という意見を罵倒するより難しいのだが。) そういえば、blogを書こうと思ったのは、「複雑さについて」語りたかったからだったことを思い出した。例えば、「複雑さについて(8)複雑さとエントロピー 」 https://goo.gl/KznWNP  このエントリー、8つもある。 マルレクは、2時間。 多分、全部、語るのは無理。 あまり現場の技術者の関心ないかもしれないけど、この路線でシリーズでやろうかと、集客のことや、後先を考えず、ヤクザなことを考える。 まあ、聞いてください。 僕が、こうしたセミナーをやりたいと思うのは、いま、科学の世界で、エントロピーと情報を切り口に(もっと言えば、量子Entanglement がキー)、100年に一度の大きな変革が進行中だと感じているから。 「それが、どうした?」  「それが、僕の仕事のやくにたつのか?」 技術の世界は、科学の世界のあとを追うもの。 17世紀のニュートンらの「科学革命」を準備したのは、ティコ・ブラーエのような、毎晩、夜空を眺める「天文学者」とその観測データ。その「科学革命」が、18世紀後半の「産業革命」を可能にした。(少し、単純化しているが) 現在の科学革命を準備しているのは、毎日、ブラックホールを考え続けている人たちかも