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複雑性と重力 3

ブラウンとサスキンドの論文「複雑性理論の第二法則」を紹介しているのだが、それは、もちろん、ITの世界でも関心が高まりつつある「量子コンピュータ」に関連しているのだが、どこかずっと遠くをみていることが面白い。 「ブラックホールは、宇宙で一番高速なコンピュータである。ただ、このコンピュータは、何の役にも立っていない。」 もちろん、ブラックホールの内部にあるのは量子コンピュータだ。何の役にも立っていないというけど、それは、自身の量子状態を、カオスなスクランブルの時期を経て更新する。でもそれは、「計算過程」であると同時に、自然の「物理過程」そのものだ。ニュートンの木から落ちるリンゴだって、自分の運動を「計算」しているのかもしれない。 この論文が面白いのは、次のような問題提起をしていることだ。 ブラックホールの量子コンピュータは、その複雑性がマックスに達すると、お腹がいっぱいになって、もはや計算することができなくなる(かれらは、それをブラックホールの周りにはファイアーウォールができていて、なにものも侵入できないという「AMPSパラドックス」と結びつけて論じている。)それは、エントロピーが最大の状態になると、熱機関に「仕事」をさせることができなくなるのと同じだ。 ところが、そこに、qubitが一個落ち込むと、光速の衝撃波とともにスクランブルが始まるのだが、それでブラックホールの複雑性Cが大きく変わるわけではない。ただ、その複雑性の取りうる可能な最大値がCmaxが大きく変わるという。 K個のqubitからなるシステムの複雑性の最大値は2のK乗だ。一個のqubitが増えると、それは2の(K+1)乗になる。複雑性の最大値は、ちょうど二倍になる。 彼らは、システムが取りうる可能な複雑性の最大値と、そのシステムの現在の複雑性の差を、uncomplexity (先に「非複雑性」と訳した)と呼ぶ。熱力学でいう「ネガ・エントロピー」と同じようなものだ。uncomplexityがあると、我々は、そのシステムに「仕事」をさせることができる! もちろん、その仕事は「計算する仕事」である! uncomplexityは、量子コンピュータの「計算資源」なのである。 「伝統的な熱力学の理論は、断熱圧縮・熱機関・冷却機械・マックスウェルの悪魔等々の一連の思考実験を通じて発展して

複雑性と重力 2

量子論と相対論の統一の思考実験の舞台は、ブラックホールだ。 ブラックホールは、奇妙な性質を持っていて、質量と電荷と角運動量という三つの物理量しか持たない。外から見る限り、全てのブラックホールは、この三つの量でしか区別できないのだ。ウィーラーは、これを、「ブラックホールには毛がない」と言った。(毛は、三本はあるのだが。オバQと一緒だ。) ブラックホールは、周囲のものすべてを飲み込むのだが、飲み込まれたものの持っていた情報は、全て失われたように見える。ホーキングは、ブラックホールのシンギュラリティ(特異点)で情報は失われるとした。それに反対したのが、トフートとサスキンドだ。 この論争は、半ば冗談めかして語られるのだが(論争で負けを認めたホーキングは、プレスキルに、「野球百科」を送ったらしい)、僕は深刻なものだったと考えている。それは、サスキンドの"Black Hole War"を読めばわかる。かれは正直に、ホーキングという「カリスマ」に対する激しい反発の感情を語っている。 この論争から、「ホログラフィック原理」が生まれ「境界」の重要性が認識され、それは、マルデセナによろAdS/CFT対応の発見に繋がっていく。 ブラックホールには、毛がないとして、それでは、その内部では何が起きているのだろうか? サスキンドの理論の基本的なイメージを述べる。 ブラックホールの内部の状態は、ある量子状態 |Q>をとっている。それがK個のqubitの状態として記述されるのなら、その複雑性の最大値はC_{max}は(maxはCの添え字)、2^K(2のK乗)で与えられる。 量子状態 |Q> (複雑性をCとしよう)を持つブラックホールに、(|0>+|1>)/√2で表されるqubitが一個吸い込まれたとしよう。その時、ブラックホールの量子状態は、|Q>から、|Q'> = (|0>⨂|Q> + |1>⨂|Q>)/√2 に変わる。qubit一個が取り込まれただけで、ブラックホールの量子状態は、全面的に組み変わることになる。 式は簡単だが、状態ベクトル|Q>が巨大な時には、この|Q>から|Q'>への状態変化には膨大な計算が必要になる。qubit一個でも、外部から何

複雑性と重力

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先に、量子情報理論での「量子テレポーテーション」を、エンタングル状態にある二つのミクロなブラックホールが形成する「ワームホール」をqubitが通り抜ける過程として解釈しようとする理論を紹介した。 今回は、現在進行中の量子論と相対論の統一を目指す動きの中で中心的な役割を果たしているのは、「複雑性」というコンセプトであることを紹介したい。 まず、ここでの「複雑性」の定義から。 サスキンドは、状態|A>と状態|B>との間の相対的な複雑性 C(A, B)を次のように定義する。   C(A, B)= 状態|A>から状態|B>を得る為に必要な最小の量子ゲートの数 すなわち、C(A, B)は、|B> = gggg....|A> となるような最小の量子ゲートgの数である。 この時、C(A, B) =  C(B, A), C(A, B) = 0 iff A=B と、C(A, B) ≦ C(A, D ) + C(D, B ) (三角不等式)が成り立つ。こうして、相対的な複雑性 C(A, C)は、正規化された状態空間の計量(距離)になる。さらに、ある状態の絶対的な複雑性 C(A)を、単純な状態、すなわちエンタングルしていない状態への最小の距離として定義する。 こうして、量子の状態の空間に、この複雑性を計量とした複雑性の幾何学を構成できる。この幾何学上に、一般相対論の基本的命題との対応物を構築していく。「測地線」とか「最小作用の法則」が働く「作用」の量子複雑性幾何学バージョンが存在するのだ。 この対応づけが、驚くような対応関係を明らかにしつつ、面白いように進むのだ。 例えば、この量子複雑性は古典的なエントロピーに対応する。ただし、N個のqubitからなるシステムの複雑性の最大値は、2のN乗になるのだが、古典的な統計力学では、N個の状態からなるエントロピーの最大値はNである。 このことは、N個のqubitからなるシステムの量子複雑性が、2のN乗個の自由度を持ったシステムの古典的エントロピーのように振舞うことを示している。 それらの対応関係は、次の論文「量子複雑性の第二法則」に展開されている。先の紹介は、この論文の第一章を要約したものだ。もちろん、この論文のタイトルは、「熱力学の第二法則」との対応を強調したもの

六本木一丁目駅の不思議

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昨日は訪問先の渋谷のオフィスが見つからず困る。「〇〇ビル一階」の「〇〇ビル」はGoogle様のお告げでなんとかたどり着いたのだが、そのビルの一階には、めざすオフィスがないのだ。なんどさがしてもないものはない。 理由は簡単だった。一階と思っていた道路に面したエントランスが、実は二階だったのだ。坂道に建てられているビルには、時々そういうことがある。後から来た友人が、掲示板を見てすぐに気づいた。彼が来なければ、諦めて家に帰っていたと思う。まぎらわしい。(ちゃんと掲示板見ろよ。) 次の六本木一丁目のミーティングでも困る。相手が現れないので、メッセすると、「もうついてます」という。なんど店内を見回しても、いないものはいない。 もしやと思って店員さんに聞くと、「この近くタリーズ、三軒あります」という。 彼がいたのは一丁目店で、僕がいたのは三丁目店だった。二つの店は地下鉄の線路をはさんですぐ近くにあるのだが、六本木一丁目駅、工事中で、駅を通り向けることができないので、彼は、大回りをすることに。 あとになって、気づいたことがある。 彼がいった一丁目店が、本当は、僕も行こうと思っていた店だったことに。前に行ったことがある。その時は、駅員さんにずうずうしく「反対側に行きたいんだけど」と言ったら、通行証みたいのを渡されて、すんなり通してくれたんだ。彼にそのこと教えればよかった。 僕がいたお店は、実は、以前に行ったお店ではなく、違うお店で、初めてのお店だったことになる。同じタリーズなので気づかなかった。六本木四丁目のバス停で降りて、六本木一丁目駅に向かって最初に見つけたタリーズだったのだが、それが三丁目店だったんだ。 きっと、六本木の一丁目と三丁目と四丁目は、すぐ近くにあるんだと思う。おそらく二丁目も。 地図を調べてわかりました。 「六本木一丁目駅」は、一丁目と二丁目と三丁目の三つのエリアが、ちょうど接するところに建てられているんですね。近いはずです。 「泉ガーデン」があるのが一丁目、「グランドタワー」があるのが三丁目です。「アパホテル六本木一丁目駅前」の住所は、実は二丁目です。 二丁目と四丁目も近くて、「ガリシアヒルズ」は二丁目ですが、「Speee」は、もう四丁目です。二丁目と四丁目が隣り合っています。 一丁目、二丁目、三丁目、四丁目

コップの中の「宇宙」

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11月の講演も一段落したので、今回は、もう少し基本的な話をしようと思う。 量子情報理論や複雑性理論が、現代の物理学の中心課題である量子論と相対論の統一に重要な役割を果たしているという話である。 以前にも、量子論と相対論の統一については、ここで、サスキンドとマルデセナによる「ER=EPR」理論を紹介してきた。  ●「量子論と相対論の統一としての ER = EPR 」https://goo.gl/fah5bn  ●「ER=EPRに先行したもの (超入門編)」https://goo.gl/FxTjR2 この分野で、この間、大きな進展がある。課題をスローガンにすることの好きなサスキンドは、もう「GR=QM」というスローガンを掲げている。GRはGeneral RelativityでQMはQuantum Mechanicsだから、「一般相対論=量子力学」ということだ。 「GR=QM」については、サスキンド自身による、次のビデオがわかりやすい。"QM=GR?" https://goo.gl/WKYNdD (論文で言えば、"Dear Qubitzers, GR=QM." https://goo.gl/weJedZ ) この理論的進展に、決定的な役割を果たしているのが、量子情報理論での「量子テレポーテーション」を、もつれ合ったミクロな二つのブラックホールの間の「ワームホール」をqubitがくぐり抜けることとして捉え直そうというアイデアである。 (図は、"Teleportation Through the Wormhole" https://goo.gl/pX6d9P から) 「ワームホール」は、アインシュタインが1935年に予見した、二つのブラックホールを繋ぐ「橋」である。サスキンドやマルデセナら現代の物理学者は、このワームホールの存在が、二つのブラックホールがエンタングル(もつれあい)状態にあることと同じであると考えている。 ただ、アインシュタイン=ローゼンの「ワームホール」は、誰も通り抜けることはできないものだったのだが、これが通り抜けられることになれば、どうなるか? 彼らは、「量子テレポーテーション」がそれに当たるという。 こうしたブラックホールは、どこにでも存在していると彼ら

稚内に初雪

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稚内についに雪が降りました。 一週間前にも「稚内に初雪」というニュースが流れたのですが、僕の知り合いは、だれもその「初雪」をみていなかったのです。今日は、ちゃんと誰にもわかる形で降りました。この程度の雪は、毎年、早ければ10月の終わりには降るのですが。 一週間前の幻の「初雪」も「観測史上最も遅い初雪」だったのですが、実際は、それより一週間も遅いというのが本当のところかなと思います。 東京は、今年は暖冬で、去年のようには雪は降らない可能性があるのですが、稚内で雪が降らないということはありえません。 面白いことに、稚内の人は、あまり「今年は暖冬で雪が少ないだろう」とは言いません。「今年は雪が少ないだろう」と思った途端、倍返しのようにとんでもないドカ雪に降られる経験をなんどもしているからです。 でも、今年は、雪がすくないといいなあ。

連続セミナー第三回「人工知能と量子コンピュータ」の様子です

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今日の角川さんでの連続ナイトセミナー「人工知能を科学する」の第三回「人工知能と量子コンピュータ」の様子です。参加された皆さん、3時間の長い時間、お疲れ様でした。 前回のマルレクすこし飛ばしすぎだったようで今回は少し反省して、「NP-完全」という概念にフォーカスして、全体の流れを伝えることに語り口を変えてみました。どうだったんでしょうね? 今日の資料です。ご利用ください。 https://goo.gl/ymYfFY このシリーズ次回は、12月14日開催の「人工知能と哲学」です。ご期待ください。