複雑性と重力 2

量子論と相対論の統一の思考実験の舞台は、ブラックホールだ。

ブラックホールは、奇妙な性質を持っていて、質量と電荷と角運動量という三つの物理量しか持たない。外から見る限り、全てのブラックホールは、この三つの量でしか区別できないのだ。ウィーラーは、これを、「ブラックホールには毛がない」と言った。(毛は、三本はあるのだが。オバQと一緒だ。)

ブラックホールは、周囲のものすべてを飲み込むのだが、飲み込まれたものの持っていた情報は、全て失われたように見える。ホーキングは、ブラックホールのシンギュラリティ(特異点)で情報は失われるとした。それに反対したのが、トフートとサスキンドだ。

この論争は、半ば冗談めかして語られるのだが(論争で負けを認めたホーキングは、プレスキルに、「野球百科」を送ったらしい)、僕は深刻なものだったと考えている。それは、サスキンドの"Black Hole War"を読めばわかる。かれは正直に、ホーキングという「カリスマ」に対する激しい反発の感情を語っている。

この論争から、「ホログラフィック原理」が生まれ「境界」の重要性が認識され、それは、マルデセナによろAdS/CFT対応の発見に繋がっていく。

ブラックホールには、毛がないとして、それでは、その内部では何が起きているのだろうか? サスキンドの理論の基本的なイメージを述べる。

ブラックホールの内部の状態は、ある量子状態 |Q>をとっている。それがK個のqubitの状態として記述されるのなら、その複雑性の最大値はC_{max}は(maxはCの添え字)、2^K(2のK乗)で与えられる。

量子状態 |Q> (複雑性をCとしよう)を持つブラックホールに、(|0>+|1>)/√2で表されるqubitが一個吸い込まれたとしよう。その時、ブラックホールの量子状態は、|Q>から、|Q'> = (|0>⨂|Q> + |1>⨂|Q>)/√2 に変わる。qubit一個が取り込まれただけで、ブラックホールの量子状態は、全面的に組み変わることになる。

式は簡単だが、状態ベクトル|Q>が巨大な時には、この|Q>から|Q'>への状態変化には膨大な計算が必要になる。qubit一個でも、外部から何かがブラックホールに落ち込んだ時、ブラックホールには、光速の衝撃波が走り、あちこちで状態の組み換えが行われるという。ただ、そのカオス状態も、いつか落ち着いて、新しい状態Q'が生まれることになる。

サスキンドは、こんな言い方をしていた。

「ブラックホールは、宇宙で一番高速なコンピュータである。ただ、このコンピュータは、何の役にも立っていない。」




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