おわりに -- 今後の展望について
【 おわりに -- 今後の展望について 】 最初に、今回取り上げたトピックについて、補足したいと思います。 今回のセミナーは、人工知能上で創発が起きるのかという問題意識に触発されたものですが、ここで取り上げたトピックは、散逸構造の遍在や新しい推論能力の生成や人間の脳の進化を対象としたもので、人工知能を対象にしたものではありません。 取り上げたトピックは、主要にエントロピー論との関連で、新しい構造・新しい機能の発生について論じたものです。ただ、これらのトピックスは、新しい創発について考える上での参考になると僕は考えています。 すでにプリゴジンが論じたように、こうしたエントロピーによる新しい構造の生成は、不可逆な過程が生み出すもので、決定論的で可逆な法則に支配される「機械」の中では起こりません。 どんな大規模なコンピュータシステムでも、どんなに長いこと電源を入れていたとしても、100万年後にその中から新しいコンピュータシステムの赤ちゃんが自発的に産まれることはありえません。 ただ、コンピュータの中で生成される情報の世界は、コンピュータそのものとは異なるものだと思います。もしも、それが明確な「存在する過程」として形を取りうるなら、新しい構造・新しい機能が生まれる可能性はあるかもしれないと考えています。 熱力学やエントロピーというと、何か古い学問だというイメージがあるかもしれません。でも、それは誤解だと思います。 19世紀の熱力学は統計力学に姿を変え、20世紀の量子論の登場を準備しました。ただ、量子論によって、ミクロの世界とマクロな世界のリンクが完全に解明されたわけではありません。宇宙のようなマクロな世界を支配する重力理論と量子論との統合は、まだ未解決の課題です。 量子論と相対論の統一の研究の中で注目されているのが、量子情報理論です。それは、シャノンの情報理論の洗礼を受けた、熱力学の直系の子孫に他なりません。 【 創発と還元 】 僕は、創発という現象に興味を持っています。ただ、そうした現象に興味を持つことと、そうした現象の根拠を問うこととは、別のことだと考えています。 創発という現象への関心は、それだけだと我々の認識の発展に大きく寄与することはないと感じています。我々の認識が飛躍的に発展するのは、現象の背後にある根拠が明確になった時です。 それは科学では一般には、上位の階層