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「シャノン・エントロピー」と「相対エントロピー」

ある確率分布 $p_i$が与えられた時、その情報量は、$ - \sum  p_i log(p_i)$ で与えられる(シャノンの情報量)。 (今回は、特に、説明しなかったのだが、「情報量」と「エントロピー」は、同じ概念である。) ただ、どんな確率分布についても、アプリオリに一つの情報量が先の公式で天下り的に定まるということに、すこし違和感を持つ人がいるかもしれない。(僕は、そうだったのだが) そういう人には、次の「相対的な情報量」という考え方の方が、納得が行きやすいと思う。得られる情報量は、絶対的な確定したものではなく、事前に知っていたこととの関係で決まる、相対的なものだと考えるのだ。 事前に知っていた(多分、それは正確な知識ではないかもしれないので「仮説」といってもいい)確率分布を$p_i$ としよう。実際に、観測して新しい確率分布 $q_i$ が得られた時の、 $p$に対する$q$の「相対的情報量」を、次の式で定義する。 $$ I(q,p) = \sum  q_i log (q_i / p_i)$$ $I(q,p)>=0$ で、 $I(q,p)=0$となるのは、$q=p$ の場合だけであることはすぐわかる。 明らかに、先のアプローチは、ベイジアンのものである。「相対的な情報量」というのは、アプリオリな「シャノンの情報量」を、ベイジアンの考え方で、相対化した情報量なのである。 情報量のこの相対的な解釈は、人間の認識で得られる情報量の解釈には、とても向いている。認識や学習のモデルを、この情報量を使って解釈できる。 例えば、先の$I(q,p)=0$の場合の解釈では、仮説$p$と実験結果$q$が一致した場合には、実験で得られた情報量は0 だと考えればいい。 認識の順番を$t$ で表してみよう。先の例では、事前の仮説$p(t-1)$が、実験によって、事後に $q(t)$ に置き換わるのだが、この実験で得られた情報は、$I(q(t), p(t-1))$ で表される。 ここで、$q(t)$を新たな$p(t)$ として、$I(q(t+1), p(t))$ を考える操作を繰り返すことができる。 これは、「認識の発展」のモデルと考えることができる。この「認識の発展」は、$I(q,p)=0$になるときに終わる。 逆に、もしも、最初から正

7/2 大阪 ディープラーニング6時間集中講義

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7月2日、大阪で「ディープラーニング6時間集中講義」の第二弾を開催します。テーマは「自然言語」です。 私たちが普通に使っている「言語」の「意味」を機械に理解させることは、人工知能のもっとも大きな目標の一つです。 多くの関心を集め、応用分野の拡大が続く「人工知能技術」ですが、自然言語処理の分野では、残念ながら、まだまだ多くの課題が残されています。 講演の前半では、ディープラーニング技術に限らずに、自然言語をめぐる様々なトピックを紹介します。アプローチの多様性は、このチャレンジの難しさを示しているのかもしれません。 講演の後半では、ニューラル・ネットワークの側からの取り組みを紹介します。まず、基本的なツールとしての RNN という技術の紹介をし、最後に、この分野での最高の達成の一つである、Googleの「ニューラル機械翻訳」を詳しく見てみたいと思っています。 自然言語処理の現状を理解することは、現在の人工知能技術の到達点を正確に把握する上で不可欠の課題だと考えています。また、それは、人工知能技術の未来を考える上でも、大きな意味を持っています。 多くの皆様の参加をお待ちしています。 開催概要・お申込みについては、次のサイトをご利用ください。 http://osaka-deeplearning2.peatix.com/

7/31 マルレク予告

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次回マルレクを、7月31日 19時から、富士通さんで開催します。 テーマは、「人工知能の歴史を振り返る」です。(先日のABCで行った20分の講演の2時間バージョンです。) 講演概要: 2012年に始まった「ディープラーニング」のブームから、5年がたちました。 ますます応用分野を拡大する人工知能技術が、私たちの生活と未来にとって大きな意味を持つことは、多くの人の共通認識になりつつあります。 同時に、この間の様々な取り組みを通じて、現在の人工知能技術が、克服すべき課題を抱えていることも、明らかになりつつあります。 人工知能の未来を考える上では、現在の到達点を正確に把握することが必要です。また、できるだけ広いパースペクティブの中で、問題を捉えることが重要だと考えています。 講演では、これまでのマルレクで取り上げてきたトピックと比べると、すこし回り道になりますが、あらためて、チューリングから現在までの、人工知能研究の歴史を振り返ってみようと思います。 (写真は、チューリング)

ER=EPRに先行したもの (超入門編)

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極微な世界を記述する量子力学と巨大な時空を記述する重力の理論である相対論との統一は、物理学の難問である。 二つの理論は、それぞれの領域では、100年近くの間、大きな成功をおさめてきたのだが。それぞれ異なる理論体系に基づく、物理学が二つある? それは、奇妙なことだ。 このところ、この問題が解決できるのではという希望が生まれているように見える。 もっとも重要な飛躍は、物理学者マルデセーナによる次のような発見である。(だいぶ、テキトーにまとめている) 「キャンベルのスープ缶にたとえれば、重力理論はスープの理論で、量子論は缶の理論である。」 ブリキの缶の外側をいくらなぞっても、スープのことはわからない。逆に、いくらスープを舐めても、缶のことはわからない。 マルデセーナがエライのは、そうではないことを見つけたことである。 「スープと缶は、無関係ではなく関係がある。缶を調べれば、スープのことがわかり、スープを調べれば缶のことがわかる!」 量子論と相対論の、思わぬ接点が見つかったのだ。 それは、文字通り「接点」だった。重力理論(スープ)に「境界」を接して量子論(缶)が、棲んでいたのだから。これは、「境界」の重要性の発見でもあった。  J. M. Maldacena, “ The large N limit of superconformal  field theories and supergravity ”  (1998年1月) 次に、日本の二人の物理学者、笠と高柳が登場する。(以下も、テキトーなまとめ) 「スープ(「時空」だと思っていい)が二つの部分 AとBに別れているとする。AとBの「境界部分」は、スープの「境界」だから、マルデセーナの理論にしたがって量子論で記述できるはず。」(図2) 「やってみたら、この「境界」は、なんと、量子論の不思議な「もつれあい(エンタングルメント)」のエントロピーに対応するんだ!」 彼らは、「量子もつれあい」がエントロピーを持つことの、最初の発見者だ。これは、ベッケンシュタインによる、ブラックホールがエントロピーを持つことの発見に比肩できる発見だ。 Ryu and Takayanagi, “ Holographic derivation of entanglement ent

Scott Aaronsonの嘆き

先週のScott Aaronsonのblog "Higher-level causation exists (but I wish it didn’t) 「 高次の因果性は存在する(ただ、私は、そうでなかったことを望む)」”が興味深く、すこし悲しかった。 http://www.scottaaronson.com/blog/?p=3294 議論好きで議論に強いAaronsonが、珍しく自説を撤回して、立場を変えている。 論争の舞台は、「因果性」をめぐる、"Reductionism「還元主義」"と"Emergence「創発主義」"。単純化して言えば、「還元主義」は、全体はその部分に還元できると考えるのに対して、「創発主義」は、全体は部分に還元できず、全体には、新しい何かが立ち現れる(Emergence)と考える。 「鼻がかゆい。だから、鼻を掻いた。」のレベルでの「因果性」を、鼻を構成する量子の状態に還元する必要はないのは明らかだ。 画像の認識でも、重要なのは、全ての画素の持つ情報の総和ではなく、「巨視化」して得られるcoarse-grainedな情報である。 ミクロなシステムを「巨視化」してマクロなシステムとして捉える時、ミクロな情報の多くは失われ、新しい質が立ち現れる。それがエントロピーだ。 Aaronsonが、そういうことを知らないわけがない。 Aaronsonは、創発主義に基いて、人間の意識の数学的理論を構築しようとする「統合情報理論 Integrated Information Theory (IIT) 」の鋭い批判者だった。例えば、"Why I Am Not An Integrated Information Theorist (or, The Unconscious Expander)" http://www.scottaaronson.com/blog/?p=1799 彼の批判は、「還元」を更に推し進めようというものではなく、「統合情報理論」の無内容さに向けられたものだったように思う。このあたりの議論は、人工知能 とも深い結び付きがある。 ただ、ここでは、こうした議論に立ち入ることはやめて、なぜ、Aaronsonが見解を変えたかを見ておこうと思う。

Sting 来日

Stingが、久しぶりに日本に来るらしい。 悪人顔だが、Stingが好きだ。ロックのPoliceのころから。バックにジャズマンを使うジャズっぽいStingも。スランプを抜け出した感動ストーリー 付きの"Last Ship"も。 あばたもえくぼ。僕は、ビートルズで英語を勉強したみたいなものなのだが、イギリス人の英語(変な言い方だ)は、会話では聞き取るのが苦手だった。でも、Stingの英語は、ステキに思えた。 Stingのライブ・ステージを見たのは二回だけ。 最初は、80年代の終わり頃だと思うが、ソロになった彼が札幌に来たのを、稚内から聴きに行った。一泊二日の旅。札幌は遠かった。大きなアリーナでStingも遠かった。 二度目は、10年以上前かな。サンフランシスコのJava Oneで。Oracle Open World の客寄せイベントにStingが出ていた。(当時は、確かSalesforceが、Metalicaを呼んだりしていた) 大きな野外会場で、相変わらずStingは遠かった。うしろで、一緒に行った日本の若いエンジニアが、技術的な宗教論争をしていた。「うるさい!」とは言わなかった。うるさいのは、彼らだけではなかったから。 そういえば、この二年ほど、ライブにも国外のカンファレンスにも行ってないなあ。若い人が集まるところからも、オジサン・オバサンが集まるところからも、離れているということか。 きっと、僕は、少し「大人」になったのだと思う。 (などと、バカなことをいってみる)

Macbook Air の新モデル

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喜:「MacBook Airにまさかの動きが」 怒:「Airも超マイナーアップデートしました 」 哀:「プロセッサの基本スペックが1.8Ghzからに」 楽: 同じマシン、もう6年も使っている。ある意味すごい。    死ぬまで使えということかな?(マシンか僕か?) 去年、Macbook Pro 買ったんだけど(Kaby Lakeって何? おいしいの? くやしいから無視)、ねころんで仕事するには重いので、使うときは、たいていAirからリモートで使っている。やはり、Macbook Airが僕の主力マシン。 Macで一番人気のない、USB-Cが一つのMacbookがいいのかな、ねころんで仕事するには(そこが間違っている)、一番軽いから。 それより、ねころんで仕事するには(だから、... )こっちが魅力的だ。 「寝ながら読書/タブレット」 「病院に携帯して、透析時の読書に最適です。上体を起こしても仰向け姿勢でも使用できます。」 タブレット「謎の会社」のCPU使っている Nexus 7使っているんだけど、ちょっとガタがきている。ここは、iPad Pro? いやいや。タブレットは、4,980円のAmazon Fireのコスパが圧倒的。各社、値段のつけ方、間違ってるんじゃないかな。 小川 道夫   こういうのいかがでしょう?  https://www.amazon.co.jp/Tera-%E5%AF%9D%E3.../dp/B00EJ9X3UM 寝ながら読書ができる! プリズム眼鏡 寝たままメガネ ■素材:PC ■カラー:ブラック… AMAZON.CO.JP いいね!  ·  返信  ·  プレビューを削除  ·  昨日 11:03 丸山 不二夫   使い方、理解できないんですが .... 向いた方向の上が見える? いいね!  ·  返信  ·  1  ·  23時間前 丸山 不二夫   久しぶりに、頭使って考えたんですが、これって、やっぱり、書見台かタブレット・スタンドが必要なんですね。 いいね! 他のリアクションを見る  ·  返信  ·