Scott Aaronsonの嘆き

先週のScott Aaronsonのblog "Higher-level causation exists (but I wish it didn’t) 「 高次の因果性は存在する(ただ、私は、そうでなかったことを望む)」”が興味深く、すこし悲しかった。http://www.scottaaronson.com/blog/?p=3294

議論好きで議論に強いAaronsonが、珍しく自説を撤回して、立場を変えている。

論争の舞台は、「因果性」をめぐる、"Reductionism「還元主義」"と"Emergence「創発主義」"。単純化して言えば、「還元主義」は、全体はその部分に還元できると考えるのに対して、「創発主義」は、全体は部分に還元できず、全体には、新しい何かが立ち現れる(Emergence)と考える。

「鼻がかゆい。だから、鼻を掻いた。」のレベルでの「因果性」を、鼻を構成する量子の状態に還元する必要はないのは明らかだ。

画像の認識でも、重要なのは、全ての画素の持つ情報の総和ではなく、「巨視化」して得られるcoarse-grainedな情報である。

ミクロなシステムを「巨視化」してマクロなシステムとして捉える時、ミクロな情報の多くは失われ、新しい質が立ち現れる。それがエントロピーだ。

Aaronsonが、そういうことを知らないわけがない。

Aaronsonは、創発主義に基いて、人間の意識の数学的理論を構築しようとする「統合情報理論 Integrated Information Theory (IIT) 」の鋭い批判者だった。例えば、"Why I Am Not An Integrated Information Theorist (or, The Unconscious Expander)" http://www.scottaaronson.com/blog/?p=1799

彼の批判は、「還元」を更に推し進めようというものではなく、「統合情報理論」の無内容さに向けられたものだったように思う。このあたりの議論は、人工知能 とも深い結び付きがある。

ただ、ここでは、こうした議論に立ち入ることはやめて、なぜ、Aaronsonが見解を変えたかを見ておこうと思う。

彼は言う。

「科学での還元主義は、間違っている。我々の宇宙には、高次元の因果性が、存在する。それは、小手先の言葉ではなく、100パーセント正しいものだ。盲目的に飛び回る原子以下の粒子の言葉によってではなく、人間の欲望や目的の言葉によって、はじめて理解できる因果的な力が存在するのである。」

なぜ、こうしたラジカルな変化が彼に起きたのか?
ここから、彼のblogは、まったくトーンが変わる。

環境保護の歴史を振り返り、アメリカのパリ協定からの離脱を激しく批判する。

「私の意見では、これらは、あなたが期待するように、原子が盲目的に物理法則に従っておきたたぐいの結果では全く無い。これらは、そうではなく、高次元の因果性の印なのだ。我々の宇宙を、特別に残酷で恐ろしいものにする、我々の宇宙を操る神学的な力の印なのだ。」

「あなたが、こうした理論を信じないとしても、私は構わない。あなたは、生まれつき私より楽天的なのかもしれない(もしもそうなら、あなたにもっと力を)。我々の宇宙の、きまぐれで、極端に不快な性質は、私をうちのめしたようには、あなたを打ちのめしはしないかもしれない。でも、つぎのことは、どうか認めてほしい。他でもない、こうした理論は、真性の、非還元主義的理論であることを。」



彼の変化をドライブしているのは、「絶望」である。

アメリカの現状が、アメリカの知識人に与えている傷は、僕が、考えているより、はるかに深く大きい。

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