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各国・各研究グループの取り組み

【 量子情報通信 -- 各国・各研究グループの取り組み 】 はじめにの終わりに、小論では触れることのできなかった量子情報通信分野の近年(2020年-2022年)の取り組みについて、いくつかの論文のタイトルとリンクを紹介しようと思う。 次の三つの地域の研究グループの論文である。  ・中国  ・アメリカ  ・ヨーロッパ それぞれのグループが、どのような「ブレークスルー」の展望をもっているのか興味のある方は、参照されたい。  ● 中国 2021/01/06 Nature "An integrated space-to-ground quantum communication network over 4,600 kilometres"   https://www.nature.com/articles/s41586-020-03093-8 衛星と地上の光ファイバーをむすんだ、全長 4,600km, ノード数 109 の世界最大の量子情報ネットワーク。 ユーザー数 157で、ユーザー間で、708個の量子キー配布QKDのリンクを実現。さまざまなQKDの方式、さまざまなネットワーク・トポロジーに挑戦している。  ● アメリカ 2020/07/28 arXiv "Teleportation Systems Towards a Quantum Internet" https://arxiv.org/pdf/2007.11157.pdf アメリカの量子情報ネットワークの拠点は、FermilabのFermilab Quantum Network (FQNET)と、Caltech のCaltech Quantum Network (CQNET) の二箇所である。 CQNETが基礎的な研究・開発、プロトタイピングを行い、 FQNETが DAOやHEP等の支援を受けて、量子インターネットの実現に向けた情報ネットワークの実践的な拡大・長距離化に取り組んでいる。この実験では、最新の nanowire single photon detecter を用い、90%以上の高い信頼性で、22km隔てた光ファイバー二点間の teleportationに成功した。  ● ヨーロッパ 2022/02/08 arXiv “Satellite-based Quantum I

Q-net はじめに

【 4/30 セミナー「量子情報と通信技術」「はじめに」から 】 4/30 セミナー「量子情報と通信技術」の「はじめに」を作成しました。ご理想ください。  ------------------   はじめに  ------------------ 量子論・量子情報理論のIT技術への応用というと、多くの人は、「量子コンピュータ」のことを思い浮かべるだろう。ただ、量子論・量子情報理論のIT技術への応用は、「量子コンピュータ」だけではないことに留意する必要がある。 小論がテーマとして取り上げる「量子情報通信」は、そのもう一つの重要な応用分野である。僕は、「量子コンピュータ」より、 「量子情報通信」の世界の「実用化」が早いのではと考えている。 量子論・量子情報理論のIT技術への応用に対するIT技術者の関心は、数年前と比べると確実に広がっているように見える。それは歓迎すべきことだと思う。 同時に、いくつかの「誤解」も広がっているように、僕は感じている。一つ例をあげよう。  「量子コンピュータを理解するために、   量子力学を学ぶ必要がある」 それは、ほとんど誤解に近いものだと僕は思う。 「量子情報理論」と「量子力学」とは、別のものである。 それは、「情報理論」と「力学」が、別のものであるのと同じである。 もう少し具体的に述べれば、「力学」にとって、「位置」や「運動量」や「エネルギー」は、本質的に重要な概念である。しかし、「情報理論」にとって、 「位置」や「運動量」や「エネルギー」は、さしたる意味を持たない。「情報理論」で重要なのは、「エネルギー」ではなく「エントロピー」である。 確かに、「量子力学」と「量子情報理論」は、「量子論」という共通の土台の上に成り立っている。ただ、両者の違いは大きい。 そのことは、「量子力学」の世界で、エンタングルメントが発見されてから、「量子情報理論」の世界で基本的な役割を果たす、エンタングルメントを利用する「量子テレポーテーション」が発見されるまで、60年近い年月がかかったことに、はっきりとあらわれている。 「量子情報理論」は、「量子力学」とは区別して、「量子情報理論」として学ぶ必要がある。 小論 「量子情報と通信技術」は、いわゆる「量子情報通信 Quantum Information Communication 」の世界の基本的な技術を紹介した

time-bin encoding 回路

【 time-bin encoding 回路の形を見る 】 qubitの情報を光ファイバーにのせる、time-bin qubit encoding という手法を紹介しています。 ここで利用されるのは、Mach-Zehnder 干渉計だということを前回は見てきました。今回は、回路の形を整理して、time-bin encoder回路の形を見てみようと思います。 【「time-bin qubit encoding (2)  -- 回路の形」を公開しました 】 https://youtu.be/-3LTKpdbJD8?list=PLQIrJ0f9gMcMOZpuJsAE6UvyX4g0_TYnM 動画のpdfは、こちらからアクセスできます。 https://drive.google.com/file/d/1C72Yb4i0Y-HhyFkdL9m51jxgPib8RTuj/view?usp=sharing このシリーズのまとめページはこちらです。 https://www.marulabo.net/docs/q-net/ 4/30セミナーへのお申し込みは、次のURLからお願いします。 https://www.marulabo.net/docs/q-net/

qubitの情報を光ファイバーにのせる方法

【 qubitの情報を光ファイバーにのせる方法 】 量子通信でも、基本的には光ファイバーを利用します。photon(光子)は、量子としての性質を持っているからです。ただ、現在の光ファイバー通信は、信号を光の強弱に変換します。そこでは、photonの量子としての性質は無視されています。現在の光ファイバー通信の枠組みを、そのままの形では、量子通信に転用できるわけではありません。 量子の情報を光ファイバーにのせる方法を考えなければなりません。もっと具体的には、量子としてのphoton の持つ情報を信号としてファイバー上で伝える方法を考える必要があります。 いくつかの方法が提案されています。 一つは、photonの偏光をqubitの情報の担い手として利用することです。これを "Polarization Encoding" といいます。二つの偏光状態の重ね合わせとしてのphotonは、そのままファイバーの中を移動できます。また、この方式は、わかりやすいし、古くから研究されてきたものです。 ただ、この方式には弱点もあって、先にファイバー上でそのまま通せると言ったのですが、その状態は、ファイバーの距離が長くなると急速に失われます。現在では、ファイバーを通さない、フリースペースでの、例えば衛星との量子通信などに利用されています。(電波を使った通信も、Photon を使っているわけです。) もう一つの方法は、今回から紹介する time-bin qubit encoding です。 現在の量子通信の実験のほとんどは、time-bin qubit encoding を利用しています。 簡単にいうと、Polarization Encodingのように、偏光の重ね合わせを同時に送るのではなく、photonの量子状態を、短い時間で隔てられた二つの独立なパルスのペアとして送ろうとするものです。 今回は、このtime-bin を生成するのに利用されている Mach-Zehnder  干渉計の働きを紹介しようと思います。 【「time-bin qubit encoding (1) qubitの情報を光ファイバーにのせる -- Mach-Zehnder干渉計の利用」を公開しました 】 https://youtu.be/uVMO2tHQFaY?list=PLQIrJ0f9gMcMOZ

エンタングルメントを操作する

【 エンタングルメントを操作する 】 量子テレポーテーションは、量子の情報をそのままノードAからノードBに伝えることができる、量子通信の最も基本的な手段です。ただ、量子テレポーテーションを実行するためには、その前提として、ノードAとノードBがエンタングルメント状態にある必要があります。 量子テレポーテーションを使って、長い距離の量子通信を実行しようとするなら、その前に、長い距離を隔てたノード間のエンタングルメント状態を準備しなければならないということです。 それでは、長い距離のエンタングル状態を、どうやって作ることができるのでしょう? 今回は、この問題を考えてみようと思います。 実は、この問題を、先に見た「エンタングルメント・スワッピング」という奇妙な現象を使って解くことができるのです。 エンタングルメント・スワッピングというのは、次のような現象です。  「AとBがエンタングルしていて、   BとCがエンタングルしていれば、   AとCはエンタングルにできる。」 それは、二つのエンタングルメント ABとBCから、新しい一つのエンタングルメントACをつくることができるということです。 我々は、エンタングルメントを操作して、新しいエンタングルメントをつくることができるのです。 この時、エンタングルメントの距離を考えてみましょう。 もしも、ノードBがノードA とノードCを結んだ直線の中間にあるなら、エンタングルメントACの距離は、エンタングルメントABの距離にエンタングルメントBCの距離を合わせたものに等しくなります。 AC = AB + BC です。 ポイントは、新しくできたエンタングルメントACの距離は、元の二つのエンタングルメントAB, AC の距離より、大きくなったということです。 エンタングルメント・スワッピングによって、我々は、新しいエンタングルメントを作ることができただけでなく、元のものより長い距離のエンタングルメントを実現したのです。 もし、ネットワークの経路上の全てのノードが、少なくともっとも近いノードとはエンタングルメントしているなら、この操作を繰り返せば、経路上のどんな長さのエンタングルメントも実現できます。 すばらしい! 【 「Entanglement Swapping で Entanglementの距離を拡大する」を公開しました 】 https:

エンタングルメントは飛ぶんです

【 エンタングルメントは飛ぶんです 】 今回もエンタングルメントの話です。それも奇妙な。 今、AとBがエンタングルメント状態にあったとします。また、BはCともエンタングルメント状態にあったとします。 要は、Bは二箇所、AともCともエンタングルメント状態にあるということです。 この時、Bがある操作をすると、AとB、BとCのエンタングル状態は消え去り、AとCがエンタングルメント状態に入ります。AとB、BとCのエンタングル状態がAとCのエンタングルメント状態に置き換わったということで、この現象を Entanglement Swapping と呼びます。 先に「奇妙だ」と言ったのは、もともとは、AとCはエンタングルメント状態にはなかったのに、 AもCも知らないうちに、ある日突然、エンタングルメント状態に入るということです。 エンタングルメントは飛ぶんです! AとB、BとCのエンタングル状態は、AとCのエンタングル状態に飛んでいきます。 その引き金を引いたのは、第三者のBです。 僕らも知らないうちに、知らない誰かと、突然、エンタングルすることになったら面白いですね。 このEntanglement Swapping現象が、量子通信で非常に大事な役割を果たしうることを、次回は見ていきたいと思います。 【「Entanglement Swapping」公開しました 】 https://youtu.be/UuC54Os-p9I?list=PLQIrJ0f9gMcMOZpuJsAE6UvyX4g0_TYnM 動画のpdfは、こちらからアクセスできます。 https://drive.google.com/file/d/1A5-kzWrhIcz5l3GhMq2HJ1htS8Yzc8qw/view?usp=sharing このシリーズのまとめページはこちらです。 https://www.marulabo.net/docs/q-net/ 4/30セミナーへのお申し込みは、次のURLからお願いします。 https://www.marulabo.net/docs/q-net/

量子通信の基礎 -- 量子リピーターの話

【 量子通信の基礎 -- 量子リピーターの話 】 次回から、トピックスが変わります。量子通信の本丸と言っていい「量子リピーター」の話を始めようと思っています。 実験室の中の短い距離ではなく、どれだけ長い距離で正確な通信ができるかに、量子通信の実用化の成否がかかっています。通信距離拡大と信頼性向上の鍵を握っているのが、「量子リピーター」です。 「量子リピーター」は、その役割から見れば、光ファイバー通信での「光ファイバー増幅器」に対応するものですが、異なるところがあります。光増幅器は、入力の信号を検知し(これは「観測」です)、それを増幅し出力します。これは、情報の「コピー」に他なりません。観測で状態が変わり、丸ごとの情報のコピーが不可能な量子情報の世界では、それはうまく機能しません。 量子通信の基本は、「量子テレポーテーション」です。そのためには、通信する双方のノードがエンタングル状態にあることが必要です、今回は、通信ノードの双方をエンタングル状態にする役割を「量子リピーター」が担っていることを中心にお話ししたいと思います。 ここでも、BBコンビのベネットたちが先駆的な仕事をしています。 次のような内容を考えています。  ● エンタングルメントと量子リピーター   ● Entanglement Swapping   ● 密度行列でみるエンタングルメント   ● エンタングルメントの純化・精製 -- BBPSW プロトコル  ● 量子エラー訂正と量子リピーター 今回の動画は、「量子テレポーテーション回路」を、Bell State Gate (BSG) とBell Measure Gate (BMG) をそれぞれ一つのブロックとして書き換えたものです。こうした簡略化は、次に見る Entanglement Swapping の理解に役立つと思います。 【「Bell State Gate とBell Measure Gateで量子テレポーテーション回路を記述する」を公開しました】 https://youtu.be/3TW_3Rn3fS4?list=PLQIrJ0f9gMcMOZpuJsAE6UvyX4g0_TYnM 動画のpdfは、こちらからアクセスできます。 https://drive.google.com/file/d/1800ZvBzIznv7SU9ulzCRroD3sX

コピーができない!

【 コピーができない!】 「量子テレポーテーション」という大袈裟な名前にかかわらず、結局は、アリスからボブに、追加の情報を普通の通信手段で送信しなければ「テレポート」が完了しないことを先に見てきました。ちょっとがっかりかもしれません。 それなら、いっそのこと量子の情報を、普通の通信手段で送ればいいじゃないかと考えた方もいらっしゃると思います。  「qubitの状態が、a|0> + b|1> で表されるなら、   普通に、a と b を送ればいいだけじゃない?」 ところが、そうはいかないのです。 qubitの状態を知るためには、qubitを観測しなければなりません。ただ、観測した途端、qubitの重ね合わせの状態は破れて、|0> または |1> の状態しか観測されないことになります。観測しても、a, b の情報は得られないのです。 遠まわりですが、a, b についての情報を得る方法はあります。 何度も繰り返し観測すれば、|0> を観測する確率は |a|^2 に、|1> を観測する確率は |b|^2 に近づきます。ただ、これでは、ラチがあきませんし、得られる情報は、確率的なもので正確なものではありません。 量子情報の定理に、こんなのがあります。No-Cloning 定理と言います。量子情報の最も基本的な定理の一つです。  「量子の情報は、コピーできない」 変ですね。我々の世界は、基本的に量子の世界の上に成り立っているはずです。我々の世界では、コピー機を使って書類のコピーはできます。コンピュータではデータのコピーは当たり前です。YouTubeは一つの動画データから沢山の動画のコピーを配信しています。我々の世界の情報は、コピー可能です。 それは、こういうことです。(正確な説明は、別の機会に) ある性質を満たす特殊な情報だけが、コピー可能な性質を持ちます。我々が日常目にする情報は、量子の情報の世界から見れば、特殊なタイプの情報に他ならないのです。一般的には、量子の情報はコピーできません。  「ちょっと待って。量子テレポーテーションは、   アリスの持っている情報のコピーをボブに   送っているんじゃないの?」 いいところに気づきましたね。でも、あれは、情報のコピーじゃないんです。 前回見たように、アリスはボブに情報を送るのですが、その情報は

量子テレポーテーションは、テレポートしないというお話

【 量子テレポーテーションは、テレポートしないというお話 】 量子テレポーテーションは、エンタングルメントを利用した通信技術です。 アインシュタインがエンタングルメントを発見した時、彼は、もしエンタングルメントが事実なら、ある人が観測をした時、その観測した情報は、瞬時に宇宙の果てまでも伝わることになると考えました。  「それは馬鹿げた遠隔作用だ!」 ちなみに、ニュートンは重力の作用は、どんなに離れていても瞬時に伝わると考えていました。ニュートンの重力理論とアインシュタインの重力理論の一番大きな違いは、アインシュタインがニュートンの重力の遠隔作用を否定して、重力も有限なスピード、光のスピードで伝播することを見出したことでした。 SFに出てくる「テレポート」というのは、人間や物体を「瞬間移動」することらしいのですが、科学がどんなに進んでも、それは実現しそうもありません。 量子のエンタングルメント状態を利用した「量子テレポーテーション」というと、なにやら怪しげなイメージが浮かびませんか? アリスがテレポーテーション装置に何かを放り込めば、それは即時にボブの側に瞬間移動するというイメージを持ちませんか? でも、それは、実は、間違ったイメージなのです。 もっとも、発見者のベネットたちの茶目っ気たっぷりのネーミング(「スター・トレック」から借用したみたいです)が、こうした誤解を生み出していることも事実です。でも、いまからこの現象の名前を変えるのは難しいのかも。 実は、量子テレポーテーションでは、量子はテレポートしていないのです。 今回は、量子テレポーテーションでの状態の変化を計算で追いかけてみました。その計算だけ見ていると、大事な手順を見落とすことになるかもしれません。 アリスが量子テレポーテーション装置に何かを放り込むと、それで万事が終了するわけではありません。アリスには大事な仕事が残っています。それは、ボブと連絡を取ることです。  「今、送ったよ。」 これだけですと、メールを送って電話で「今、メール送ったよ」と確認するような、無くてもいいマヌケなことのように見えるのですが。 アリスがボブに送る、次のような情報が、重要なのです。  「メーター1は0で、メーター2は1だったよ。」 ボブは、この情報に基づいて受信装置を変更します。それによってボブはアリスの送った情報を正しく受け取

テンソル積とエンタングルメント

【 テンソル積とエンタングルメント 】 YouTubeのチャンネルでは、「量子テレポーテーションを計算する」という動画を、一足早く公開したのですが、公開してからすこし説明不足だったかなと反省していました。 そこで、量子テレポーテーションの働きを理解するのに必要な計算の基礎である、qubitのテンソル積を、もうすこしかみくだいて説明した動画を作成しました。ご利用ください。 qubitは、|0>と|1>の重ね合わせの状態を持ちます。qubitのテンソル積というのは、それぞれの状態を持つ二つのqubitを「一つの系」としてとらえた時、その系全体の状態を与えるものです。 状態S1を持つqubitと状態S2を持つqubitが与えられているたとしましょう。この二つのqubitを一つのまとまりとしてとらえて、その状態をSとすれば、Sは与えられたS1とS2のテンソル積として与えられなす。   S1 ⨂ S2 =  S       2-qubit の状態のテンソル積を例にしていますが。複数の状態を一つの状態と考えるというこの考えは、2個以上のqubitのテンソル積の場合にも拡張されます。 それでは、二つのqubitからなる状態Sがあったとして、この状態Sは、二つのqubitの状態 S1とS2 のテンソル積に分解できるでしょうか?   S = S1 ⨂ S2 ? 実は、二つのqubitからなる状態S で、独立した二つのqubitの状態のテンソル積の形には分解できない状態が存在します。これが、二つのqubitの「エンタングルメント」状態です。 qubitのテンソル積の計算は、難しいものではありません。 それは、X, Y, ... といった文字を含んだ式の計算と同じです。一番必要なことは、こうした計算に慣れることだと思います。 今回は、いくつかの計算のサンプルを示しています。時間があったら、是非、自分の手で計算してみてください。 【「qubitのテンソル積 計算練習」を公開しました 】 https://youtu.be/S5etmApcrFk?list=PLQIrJ0f9gMcMOZpuJsAE6UvyX4g0_TYnM 動画のpdfは、こちらからアクセスできます。 https://drive.google.com/file/d/172dQCeFwPDWeHq5g7kBagP0

量子テレポーテーションをめぐるエピソード

【 量子テレポーテーションをめぐるエピソード 】 これまで、 BB84の「量子キー配布」を見てきたのですが、今回からトピックが「量子テレポーテーション」に変わります。 実は、BB84をつくった同じ Bennett,とBrassardのBBコンビが、「量子テレポーテーション」の発見者です。二人と共著者の論文がでたのは 1993年のことでした。実験でそれが確認されたのは、1997年だったと思います。 量子コンピュータの世界では、「Shorのアルゴリズム」のShorが有名なのですが、量子通信の世界でのBennet たちの活躍も素晴らしいものです。「BB84」にしろ「量子テレポーテーション」にしろ、現在の量子通信の世界の基本的なアルゴリズムは、この二人に負うところが大きいのです。 重要なことは、発見者のアインシュタインさえが「そんなのありえない!」と叫んだ、日常の生活には縁遠い「理論物理学」上の「奇妙」な現象と考えられていた「エンタングルメント」に、はじめて技術的な応用の可能性が見つかったと言うことだと思います。 今回は、量子テレポーテーションを可能にする量子回路とその働きの概要を紹介します。 AliceとBobがエンタングル状態にあるとき、簡単な量子回路で、Aliceのもつqubitの状態をBobにそのまま送ることができるのです。 その回路は、CNOTゲートとHゲートとXゲートとZゲートの、わずか四つの量子ゲートから構成されています。実際には、エンタングルメント状態を作るのにあと二つほどゲートが必要なのですが、それを加えても6個の量子ゲートで量子テレポーテーション回路ができてしまいます。普通の電子回路で言えば、「半加算器」なみの単純さです。 Shorのアルゴリズムを実行する量子コンピュータに必要とされる量子ゲートの数より、桁違いに少ないゲート数で「量子テレポーテーション回路」を作ることができるのです。 僕は、量子コンピュータより量子通信の実用化の方が早いだろうと考えているのですが、それは、こうした実装の容易さが一つの理由になっています。 もうひとつ。エンタングルメントについてです。我々はその「奇妙さ」ばかりに目が行きがちなのですが、先にも述べたように、エンタングルメント状態は、たった二つの量子ゲート(CNOTとHゲート)で、簡単に実現できます。 そのことは、エンタングルメ

量子論なしで、がんばってみたけれど ...

【 量子論なしで、がんばってみたけれど ... 】 この間、代表的な「量子キー配布 (QKD: Quantum Key Distribution ) 」のプロトコルであるBB84をコインとコイントスを用いてシミレートするモデルを作って紹介してきました。 前回見たように、BB84の中核である「量子キー配布」のプロトコルの説明も、量子論なしでなんとかできたと思っています。 お気づきの方も多いと思いますが、こうしたコインとコイントスによるBB84のモデルが成り立つ背景を簡単に説明したいと思います。ネタばらしです。 一般に量子ビット qubitの状態 |qubit> は、二つのベクトル |0> と|1>の重ね合わせ(線型結合です)のベクトルとして表現されます。  |qubit> = a|0> + b|1>    ( ただし、aとb は全く自由に選べるわけではなく、   a^2 + b^2 = 1 という制約があります。) 問題は、我々が量子ビット qubit を「観測」すると、ベクトル |0> と |1> の重ね合わせの状態が破れて, |0> または |1>の状態しか観測できないことです。量子ビットは、必ず二つのベクトルの「重ね合わせ」の状態で存在しているのですが、その「重ね合わせ」の状態をそのままの形では我々は「観測」できないのです。 「観測」した途端、|qubit> = a|0> + b|1> の状態は、|0> 単独 あるいは |1> 単独 の状態に変わってしまうのです。ここでの 「|0> 単独」 あるいは 「|1> 単独」の状態は、普通のビット 0 あるいは、普通のビット 1 と考えて構いません。 要するに、重ね合わせの状態にある量子ビットは、観測すると普通のビット 0か1に変わってしまうのです! ただ、大事な法則を物理学者たちは、実験を通じて経験的に発見しました。それは次のような法則です。  |qubit> = a|0> + b|1> を観測して、  |0>(普通のビット 0 です)を観測する確率は、|a|^2で与えられ、  |1>(普通のビット 1 です)を観測する確率は、|b|^2で与えられる。 |0> 単独の状態は、先の式で

量子論抜きでBB84のプロトコルを述べてみる

【 量子論抜きでBB84のプロトコルを述べてみる 】 今回も、量子論抜きで、BB84のプロトコルを述べてみます。どこまでうまくいきますでしょうか? まず、AliceとBobがすることをまとめてみましょう。  1.  Aliceは、ランダムなビット列を準備します。  2.  Aliceは、ランダムなビット列を、一ビットづつコインにエンコードします。この時、二つあるエンコード方式のどちらを選択するかは、コインを投げてランダムに決めます。  3.  Bobのデコードでは、まず、Aliceから受け取ったコインを、別のコインに変換します。この時、二つあるデコード方式のどちらをとるかは、コインを投げてランダムに決めます。  4.  Bobは、このコインを投げて、表の数字を読み取り、それをデコードの出力とします。 AliceとBobには、お互いに知らないことがあります。  1.  Aliceが入力につかったビットを、Bobは知りません。(もともとランダムですから)  2.  Aliceが使ったエンコード方法を、Bobは知りません。(コイントスでランダムに決めますので)  3.  Bobが使ったデコード方法を、Aliceは知りません。(コイントスでランダムに決めますので)  4.  Bobが出力するビットを、Aliceは知りません。(コイントスでランダムに決めますので) とてもランダムです! とてもAliceとBobで情報の共有ができるとは思えません。このままですと確かにそうです。 そこで、AliceとBobは、各ビット毎にどのエンコード方式とどのデコード方式を使ったかの情報をお互いに教え合うことにします。そうすると、状況は変わります。 なぜなら、前回見たように、両者のエンコード方式とデコード方式が一致した場合にのみ、Aliceの入力ビットとBobの出力ビットは、確実に一致するからです。 AliceとBobは、エンコード方式とデコード方式を教え合ったので、こうしたビットをピックアップできます。AliceとBobは、こうして得られたビット列を「共有キー」として、確実に共有できます。 AliceがBobに送ったエンコード方式の情報が、もしも第三者に漏れたとしたら、この第三者は、構成された共有キーの情報を得ることができるでしょうか? それはできません。なぜなら、エンコード方式がわかったと

量子論抜きでBB84を理解する?

【 量子論抜きでBB84を理解する?】 ここでは、量子キー配布の代表的なプロトコルである、BB84を取り上げます。 BB84は、暗号化そのものの方式ではなく、AliceとBobの間で、第三者には知り得ない暗号のキーを共有するプロトコルです。それは、現在広く用いられている「公開暗号キー」の方式に対応するものです。 「公開暗号キー」の方式では、たとえば、RSA暗号の場合、単純に言うと、二つの大きな素数の積を公開キーとして利用します。この数が公開されたとしても、この数を二つの素数に因数分解することは一般には困難です。コンピュータで素因数分解をやらせても、膨大な時間が必要になるからです。 ただし、この数の一方の素因数(自分の秘密キー)を知っていれば、他方の素因数(相手の秘密キー)を知ることは容易です。「公開暗号キー」方式では、コンピュータによる計算の困難さを利用して、暗号キーを共有しています。 逆に言えば、コンピュータの能力が飛躍的に向上すれば、現在の公開暗号キーは破られる危険性があります。量子コンピュータ上での「ショアのアルゴリズム」による素因数分解の高速化の発見がセキュリティの世界に与えた衝撃は、大きいものでした。 ただ、大丈夫です。現在の量子コンピュータには、現在の公開暗号キーで利用されている巨大な数を素因数分解する能力は、全くありません。 それにもかかわらず、暗号の世界では、量子コンピュータによっても破られない暗号の世界への移行を真剣に準備し始めています。そうした動きについては、以前のマルレク「暗号技術の現在 -- ポスト量子暗号への移行と量子暗号」 https://www.marulabo.net/docs/cipher/ をご覧ください。 BB84は、コンピュータによる計算の難しさに依拠した公開暗号キーとは異なる、量子の性質を利用した暗号キーの共有の方式です。それは、コンピュータの性能がいかに向上しても、共有された暗号キーが第三者に流出することはありません。 ここでは、BB84をコインとコイントスを用いてシミレートするモデルを作ってみました。AliceからBobへの通信は、物理的な4種類のコインを通じて行われます。このモデルでは量子論の知識は必要ありません。量子論抜きでも、BB84のプロトコルに基本的な特徴は理解できると、僕は考えています。 このモデルのポイン