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4月, 2025の投稿を表示しています

ラマヌジャンのMoonshine

【 ラマヌジャンのMoonshine 】 #Column 今回も、前回のコラムと同様に、思いがけない「数の一致」の発見についての物語です。 【 「数の一致」の不思議 】 数の一致の観察自体は、誰にも説明可能で、誰にも理解可能なものです。振ったサイコロの目が丁なのかなのか半なのか、ルーレットのボールが39に落ちたのか38に落ちたのか皆の認識が一致しないのなら、ギャンブルは成り立ちません。 不思議なのは、この個別的で具体的で客観的な出来事が、観察者の主観に、個別性を超えた抽象的な、しかも正しい洞察を生み出すことがあるということです。 今回のコラムで紹介するのも、そうした例の一つです。 確かに、経験からの帰納と演繹的な推論の間には、ギャップがあります。 ただ、人間のものであれ機械のものであれ「知能」と呼ばれる能力の、大きなそして不思議な特徴の一つは、そのギャップを飛び越える力があることだと、僕は感じています。 もっとも、哲学的には、そうした議論は古色蒼然としたテーマなのですが、「考える機械」の登場という時代のコンテクストの中で、あらためて、認識の飛躍する力、新しい認識を生み出す能力、想像し創造する人間の力について考えてみたいと思っています。 【 1729 は面白い数? 】 世の中には、数字について並外れた直感を生まれつき備えている人がいます。インド生まれの数学者ラマヌジャンも、そうした天才の一人だったと言われています。 彼は、乗ってきたタクシーのナンバー 1729 を、「何の変哲もない数だよね」という友人に対して、即座に 「1729は、とても面白い数字です。それは2通りの2つの立方数の和で表せる最小の数です」と答えたそうです。     1729 = 12^3 + 1^3 = 10^3 + 9^3 と表せますし、そうした数では最小になるので、これは正しいんです。 子供の頃、このエピソードを初めて聴いた時、なんて素晴らしい能力なのだろうと驚嘆したことを覚えています。 ただ、やがて次のことに気づきました。ラマヌジャンは、9の三乗が729で、12の三乗が 1728 であることを、知っていたんだと。    1729 = 1728 + 1 = 1000 + 729 おそらく彼は、二桁程度の数の二乗、三乗、四乗くらいまでは、みな頭の中に 入っていたのだと思...

1 + 196883 = 196884

【 1 + 196883 = 196884  −− ある数学的認識の飛躍の物語 】 このコラムのタイトル「1 + 196883 = 196884」 は、当たり前すぎて、かえって意味不明かもしれません。 ただ、もしも、あなたのクレジット・カードの最初の6桁の数字に1を足したものが、あなたのマイナンバーカードの最初の6桁の数字と完全に一致していたとすれば、この式は、単なる足し算以上の意味を持ちます。 もっとも、クレジット・カードとマイナンバー・カードの場合、こうした数字の一致は、全くの偶然と考えていいと思います。 このコラムの「1 + 196883 = 196884」の場合も、左側に現れる数字196883と右側に現れる数字196884は、実は、数学の別の分野から取られたものです。 ただ、クレジット・カードとマイナンバー・カードの数字の偶然の一致とは異なって、この等式は、一見無関係に見える数学の分野間の驚くべき繋がりを示唆する、重要な発見の糸口となりました。 1 + 196883 = 196884 という一見自明の等式は、20世紀の数学的認識のある飛躍の物語の、最初の主人公なのです。 【  John McKayが気づいたこと 】 1978年ごろ、McKayは、あることに気づきます。 当時は、「モンスター群」の存在は証明されていなかったのですが、FischerとGriessは、モンスター群が「存在するならば」、その最小の非自明な既約表現(最も基本的な「対称性のパターン」を捉える方法)の次元は 196883 であると予想していました。 McKayは、この数字 196883 が、数論の分野で基本的な対象である j-不変量 j(τ) の q-展開(フーリエ級数展開に類似したもの)に現れる係数 196884 に極めて近いことに気づきます。     「1 + 196883 = 196884 だろう ! 」 そればかりではありません。McKayは、さらにj(𝜏) の最初のいくつかの項の係数が、モンスター群 M の既約表現の次元 r(n) の単純な線型結合として表現できることに気づきます。 【 数学者の直感 】 先に進む前に、あらためて問題を整理しておきましょう。 第一。ここでの議論には、二つの全く異なる数学的対象、「j-不変量」と「Monster...

145億年間、宇宙を旅した光子の物語

【  145億年間、宇宙を旅した光子の物語 】 #Column 2022年に日本の天文学者が、宇宙で地球から最も遠くにある銀河を発見しました。地球から、145億光年離れた銀河です。その銀河は「HD1」と名付けられました。 宇宙がビッグバンで誕生してから148億年と言われていますので、HD1は宇宙誕生のわずか3億年後に生まれたことになります。天文学者がHD1の観測に成功したということは、彼らは145億年もの間宇宙を旅してきた光と出会うことができたということです。 【 印象的な「宇宙から見た地球」の姿 】 これまでも、私たちは「宇宙から見た地球」の姿に強い印象を受けてきました。 アポロ8号が撮影した月の地平線から地球が上る「地球の出」という写真、アポロ17号が撮影した漆黒の宇宙に青い地球が浮かんでいる「ブルー・マーブル」という写真、ボエジャー1号が撮影した太陽系の中の微かな青い点としての地球「Pale Blue Dot」等々。 それらと比べると、今回のHD1の映像は、少しインパクトに欠けているかもしれません。ただ、それが、145億年間宇宙を旅してきた光だと考えると、別の感慨が湧いてくるように思います。 【 HD1発見者のコメント 】 HD1の発見者は、こう語ります。 「宇宙が始まって間もないころ、いつどのように銀河ができたのか、天文学者は知りたいのです。そのため、遠くの銀河を探して、昔の宇宙を調べようとしているのです。光の速度はどこでも同じで、かつ、無限ではありません。遠い天体の光ほど、長い時間をかけて地球に届きます。例えば10億光年の距離にある天体からは、10億年前に出発した光が、10億年かけてやっと今、私たちの地球に届いているのです。言いかえると、10億光年先から届いた光を観測すると、10億年前の様子が見えるのです。天文学者は遠い天体を観測し、はるか昔の宇宙を調べているのです。」 「HD1 はとても明るく、こんな明るい銀河が宇宙が始まって間もなくできていることに、天文学者は非常におどろいています。現在の銀河形成の理論では、こんなに明るい銀河が、こんな昔にどのようにできたかを説明できないのです。次のステップは、HD1 のような銀河がどのように作られたのか、あるいは HD1 は実は銀河ではなくて活発なブラックホールなのではないか、を明らかにすることです。研究チー...

12/28 マルレク「ラングランズ・プログラムとは何か?」コンテンツ公開の詳細

【 科学の未来と私たちの未来 】 昨年末 12月28日に開催したマルレク「ラングランズ・プログラムとは何か? -- やさしい入門編」のビデオとコンテンツを公開しました。 このセミナーは、「ラングランズ予想」と言われるものが意味するものを、できるだけ多くの人に伝えようとしたものです。 公開コンテンツのリンクの詳細については、次のページをご利用ください。 https://maruyama097.blogspot.com/2025/04/Langlands.html 【 今なぜ「数学」について語るのか?】 21世紀の最初の25年は終わり、激動と言っていい大きな変化が進行しています。 これからの21世紀が私たちにとってどのような時代になるのか、多くの人が関心を高めていると思います。 考えるべき課題が山のように積み上がる中で、なぜ今、数学の世界について語るのでしょう? それは、現在、数学の世界で進行している変化が、21世紀の科学の未来を大きく変える可能性を持つと考えているからです。 【 ラングランズ・プログラムの重要性は、あまり知られていない 】 このセミナーで取り上げた「ラングランズ・プログラム」は、まさに、現在の数学の変化をドライブしている中心的なプロジェクトです。 今年の5月、「ラングランズ・プログラム」の基本的な予想の一つである「幾何学予想」が証明されたのは、大きな事件でした。 “Proof of the geometric Langlands conjecture” https://people.mpim-bonn.mpg.de/gaitsgde/GLC/   残念ながら、その重要性は、メディアではほとんど伝えられることはありませんでした。 【  技術の未来と私たちの未来 】 確かに、数学の世界での発見が、我々の未来に大きな影響を与えるという考えには、飛躍があると感じる人は多いでしょう。 でも、「飛躍がある」というのは、本当なのでしょうか? あるいは、なぜ、「飛躍がある」のでしょう? 核の脅威にせよAI技術にせよ、技術の未来が、私たちの未来に大きく影響を与えるということについては、多くの人がさまざまに考え、さまざまな論争があります。 それは、現代の分断と対立の舞台そのものといっていいのかもしれません。 僕は、我々の未来を技術の未来に託するのは、あまり気が進...