ラマヌジャンのMoonshine

【 ラマヌジャンのMoonshine 】
#Column

今回も、前回のコラムと同様に、思いがけない「数の一致」の発見についての物語です。

【 「数の一致」の不思議 】

数の一致の観察自体は、誰にも説明可能で、誰にも理解可能なものです。振ったサイコロの目が丁なのかなのか半なのか、ルーレットのボールが39に落ちたのか38に落ちたのか皆の認識が一致しないのなら、ギャンブルは成り立ちません。

不思議なのは、この個別的で具体的で客観的な出来事が、観察者の主観に、個別性を超えた抽象的な、しかも正しい洞察を生み出すことがあるということです。

今回のコラムで紹介するのも、そうした例の一つです。

確かに、経験からの帰納と演繹的な推論の間には、ギャップがあります。

ただ、人間のものであれ機械のものであれ「知能」と呼ばれる能力の、大きなそして不思議な特徴の一つは、そのギャップを飛び越える力があることだと、僕は感じています。

もっとも、哲学的には、そうした議論は古色蒼然としたテーマなのですが、「考える機械」の登場という時代のコンテクストの中で、あらためて、認識の飛躍する力、新しい認識を生み出す能力、想像し創造する人間の力について考えてみたいと思っています。

【 1729 は面白い数? 】

世の中には、数字について並外れた直感を生まれつき備えている人がいます。インド生まれの数学者ラマヌジャンも、そうした天才の一人だったと言われています。

彼は、乗ってきたタクシーのナンバー 1729 を、「何の変哲もない数だよね」という友人に対して、即座に 「1729は、とても面白い数字です。それは2通りの2つの立方数の和で表せる最小の数です」と答えたそうです。
 
  1729 = 12^3 + 1^3 = 10^3 + 9^3

と表せますし、そうした数では最小になるので、これは正しいんです。

子供の頃、このエピソードを初めて聴いた時、なんて素晴らしい能力なのだろうと驚嘆したことを覚えています。

ただ、やがて次のことに気づきました。ラマヌジャンは、9の三乗が729で、12の三乗が 1728 であることを、知っていたんだと。

   1729 = 1728 + 1 = 1000 + 729

おそらく彼は、二桁程度の数の二乗、三乗、四乗くらいまでは、みな頭の中に 入っていたのだと思います。

もっとも、「天才」の発見する数の一致は、moonshine とは言われません。それは、「予想」と言われます。

【 ラマヌジャン予想 】

1916年、ラマヌジャンは、「ラマヌジャン予想」という予想を立てます。それは、ラマヌジャンのτ関数といわれるものの性質についての予想です。

それは長いこと解かれることのなかった深い数学的内容を持つ予想だったのですが、「数の一致」というレベルでなら、どんな予想だったかを理解することは容易です。実際、今回のコラムで僕が行ったことは、ラマヌジャンの予想を、いくつかの数値で確かめてみたということです。それは、数学的にはたいして意味のあることではありません。

ただ、ラマヌジャン予想の数学的内容を知らなくても、こうしたスタイルで、ラマヌジャンが数字と数式についてどんな直感を働かせ、どんな洞察を得たかを、多くの人が追体験できると思います。彼の直感と洞察は、コンウェイの表現を借りると、(褒め言葉として)Moonshine !と呼べる素晴らしいものだと思います。

【 予想の証明 】

1916年に提案されたラマヌジャンの予想は、三つの部分からなるのですが、その第一と第二の部分は、翌年の1917年にモーデルによって証明されました。ただ、第一、第二の予想とは異なり、第三の「ラマヌジャン予想」の証明は困難でした。

予想は、50年以上たった1974年にピエール・ドリーニュによって、ヴェイユ予想の証明の系として解決されました 。それは、ドリーニュのフィールズ賞受賞理由の一つにもなっています。   
このヴェイユ予想を経由したドリーニュによるラマヌジャンの予想証明は、モジュラー形式の数論と有限体上の代数多様体の代数幾何学との間の深い繋がりを確立した記念碑的な業績でした。

この予想を証明するために、グロタンディークによるスキーム理論やエタール・コホモロジーといった全く新しい数学的道具立ての開発と、それに続くドリーニュによるヴェイユ予想の解決が必要であったということは、特筆に値することだとと思います。

もちろん、ラマヌジャンは、彼の死後にこうした理論的枠組みが整備されることを知りません。

それにもかかわらず、彼は「理論的に正しい」予想を行うことができたのです!
 
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