1 + 196883 = 196884
【 1 + 196883 = 196884 −− ある数学的認識の飛躍の物語】
このコラムのタイトル「1 + 196883 = 196884」 は、当たり前すぎて、かえって意味不明かもしれません。
ただ、もしも、あなたのクレジット・カードの最初の6桁の数字に1を足したものが、あなたのマイナンバーカードの最初の6桁の数字と完全に一致していたとすれば、この式は、単なる足し算以上の意味を持ちます。
もっとも、クレジット・カードとマイナンバー・カードの場合、こうした数字の一致は、全くの偶然と考えていいと思います。
このコラムの「1 + 196883 = 196884」の場合も、左側に現れる数字196883と右側に現れる数字196884は、実は、数学の別の分野から取られたものです。
ただ、クレジット・カードとマイナンバー・カードの数字の偶然の一致とは異なって、この等式は、一見無関係に見える数学の分野間の驚くべき繋がりを示唆する、重要な発見の糸口となりました。
1 + 196883 = 196884 という一見自明の等式は、20世紀の数学的認識のある飛躍の物語の、最初の主人公なのです。
【 John McKayが気づいたこと】
1978年ごろ、McKayは、あることに気づきます。
当時は、「モンスター群」の存在は証明されていなかったのですが、FischerとGriessは、モンスター群が「存在するならば」、その最小の非自明な既約表現(最も基本的な「対称性のパターン」を捉える方法)の次元は 196883 であると予想していました。
McKayは、この数字 196883 が、数論の分野で基本的な対象である j-不変量 j(τ) の q-展開(フーリエ級数展開に類似したもの)に現れる係数 196884 に極めて近いことに気づきます。
「1 + 196883 = 196884 だろう ! 」
そればかりではありません。McKayは、さらにj(𝜏) の最初のいくつかの項の係数が、モンスター群 M の既約表現の次元 r(n) の単純な線型結合として表現できることに気づきます。
【 数学者の直感】
先に進む前に、あらためて問題を整理しておきましょう。
第一。ここでの議論には、二つの全く異なる数学的対象、「j-不変量」と「Monster群 M」が登場します。
この時点では、 「Monster群 M」は、「有限群の分類問題」という数学の分野の中で、その「存在」が予想されたばかりの全く新しい数学的対象でした。
一方、 「j-不変量」は、楕円曲線の分類に利用されたModular関数として、Modular Formの理論の中で、その性質は、比較的よく研究されていたものでした。
第二。McKayの直感は、 この二つの数学的対象、「j-不変量」と「Monster群 M」 には、関係があるということに向かっています。
このMcKayの気づきが、モンスター群の存在がRobert Griessによって厳密に証明される1982年よりも前であったことは、とても興味深いところです。
というのも、McKayは、存在するかどうかも定かではない数学的対象の(予想される)性質と、確立された理論の関数を結びつけているのですから。
第三。その直感を支えたものは、 j(𝜏)の項の係数とモンスター群 M の次元の間には、具体的な関係があることが、数字の一致として確かめられるということです。
いくつかの数字の一致は、二つの数学的対象に関係があることを示唆するかもしれないのですが、その関係を証明するものではありません。
数学者の直感は不思議なもので、少しのデータから正しい数学的関係をかぎつけることがあります。McKayの直感は、まさにそうしたもので、それは新しい数学の扉を開くことになります。
数学者の直感には、きっとたくさんの「失敗例」があるのでしょうが。そのいくつかの奇跡的な「成功例」を、後で紹介したいと思います。
【 Moonshine !】
当時、少なくない数学者がこのMcKayが発見した一致を、「偶然のもの」と考えていたと言います。
あまりにも突拍子もない繋がりであったため、John Conwayは McKayの観察を"moonshine” (馬鹿げた考え、密造酒などの意)と名付けました。
ただ、Conwayは、このネーミングで、McKayの主張を馬鹿げたものと断じた訳ではありません。全く、その反対です。
まさに、McKayのMoonshineな発見にインスパイアされて、彼はモンスター群と j-不変量の関係の研究に没頭します。
【 John Conway】
「モンスター群」という名前も、「moonshine」 と同様、Conway によるものです。
コンピュータの世界ではConway は、 「Life Game」 の発明者として有名です。ただ、それは彼の業績のほんの一部にすぎません。
Conwayは、1 + 196883 = 196884 から始まるMcKayの発見の背後にあるものの探求を大きく進め、20世紀の数学の新しい飛躍を導いた、この分野の中心人物です。決して、 「Life Gameの人」ではないのです。
【 20世紀数学の金字塔「有限単純群の分類」】
物質を構成する基本単位である元素を周期律を利用して並べた周期律表は、19世紀の自然科学の集大成です。
同様に、20世紀の数学の「金字塔」とも言われる「有限単純群の分類問題の成功」も、有限単純群の周期律表にまとめられています。「モンスター群」も、この周期律表の中に位置付けられています。
【 ムーンシャイン予想】
この分野の理論における決定的な一歩は、1979年にJohn ConwayとSimon Nortonによって発表された論文「Monstrous Moonshine」でした。
Conway、Nortonの研究は、McKayによって発見された数値的な一致を、モンスター群のすべての元に関連付けられた次数付き表現とモジュラー関数を含む構造的な予想へと発展させたものです。
それは、1+196883=196884 のような算術的な等式を超えて、根底にある代数構造の存在を示唆するものでした。この構造の性質(次元や指標)が、モジュラー関数によって正確にエンコードされているという考えです。
すなわち、モンスター群の構造が特定のモジュラー関数の性質を決定し、逆に、あるモジュラー関数の性質がモンスター群の構造を決定するということです。
こうして、かつては、全く異なる分野に属すると思われていた二つの数学的対象の間に、深く本質的な関係が存在することを予想したのです。
【 物語は、まだまだ続く ... 】
1+196883=196884 から始まった物語は、20世紀の数学の飛躍を代表する壮大な物語に発展しようとしています。
それについては、次回のコラムをお待ちください。
次回は、Moonshine 予想が、1992年に若い数学者によって予想外の方法で解かれたことを中心にお話ししようと思います。
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ショートムービー「 1 + 196883 = 196884」
https://youtu.be/p0aQwcq2HHM?list=PLQIrJ0f9gMcMSINV-9gvh91Qj9pi3vgUv
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