DisCoCat −- CoeckeとBradley

【 DisCoCat −- CoeckeとBradley 】

DisCoCatは、 Distributional Compositional Categorical Semantics の略称です。日本語にすれば、「カテゴリー論的構成的分散意味論」ということになります。

DisCoCatを提唱した最初の論文は、Bob Coeckeらが 2010年に発表した次の論文です。
“Mathematical Foundations for a Compositional Distributional Model of Meaning”

【 DisCoCatは、なぜ、重要なのか? −−  言語と意味の「構成性」 】

なぜ、15年前のDisCoCat 論文が重要なのでしょう?

第一に、現在のLLMと意味の理論構築の中心的関心が、成功を収めたTransformer的分散意味論の上に、言語と意味の「構成性」を回復することにあるからです。

分散意味論と構成的意味論の統一という課題に、最初に明確に取り組んだのがDisCoCat論文です。

【 DisCoCatは、なぜ、重要なのか? −− カテゴリー論の利用 】

第二に、分散意味論と構成的意味論の統一という課題に、数学的ツールとして、カテゴリー論を利用することを最初に提起して、成功裡にそれを成し遂げたのは、 DisCoCat論文が初めてだったからです。

その 理論的影響は、今日も続いています。

LLMと意味の理論の現代的深化は、カテゴリー論の利用なしには、考えることができません。

【 DisCoCatは、なぜ、重要なのか? −− CoeckeとBradley 】

第三に、理論的というより属人的なことと思われるかもしれませんが、現代のLLMと意味の理論の代表的担い手は、Bob CoeckeとTai-Danae Bradleyです。

CoeckeとBradleyは、共に、DisCoCatのメンバーとして問題意識を共有していました。

二人のアプローチは、現在では少し異なるのですが、現代のLLMと意味の理論の源流は、DisCoCatにあると僕は考えています。

【 DisCoCatでBradleyが考えたこと 】

僕が知る限り、DisCoCat論文の最もわかりやすい解説は、Tai-Danae Bradleの次の論文です。

What is applied category theory 3.2 Natural Language Processing

彼女は、DisCoCatの枠組みに基づいて、”banana is fruit”という意味の分散ベクトルを計算してみせたのです。

彼女のDisCoCat解説は、見事なものです。文 “banana is fruit”の意味は、19741 と表示されるそうです。

ぜひ、次の丸山の二つ資料をご覧ください。


これらの情報は、マルレク「ことばと意味の「構成性」について」のまとめページ https://www.marulabo.net/docs/discocat/ とビデオの再生リストからもアクセスできます。

【 DisCoCatでCoeckeが考えたこと 】

DisCoCatでのCoeckeの問題意識は、明確でかつ意欲的なものでした。

「意味の記号論と分散意味論は、ある意味直交する競合する理論である。それぞれに長所と短所がある、前者は構成的だが定性的で、後者は非構成的だが定量的である。」

認知科学の分野でも、当時、こころのコネクショニスト的モデルと記号論的モデルの間に、同じような立場の違いが存在しました。

Coeckeが考えたことは、この二つの陣営の対立を乗り越える道はないのかということです。
ポイントは、二つの陣営の対立を乗り越えるのに、カテゴリー論を利用しようということです。

「文法としてのPregroupが特に興味深く、我々がそれを使用する動機となったのは、カテゴリー論的な観点に立つと、それがベクトル空間やテンソル積と共通の構造を持つということである。」

このあたりは、実は、先日紹介した、Functor SemanticsについてのLawvereの考えと同じものなのです。

彼は、対立する陣営が、対立はしているものの、それぞれがその「市民」である「第三のカテゴリー」を具体的に発見します。

「ベクトル空間、線形写像、テンソル積のカテゴリも、Pregroupも、いわゆるcompact closedカテゴリと呼ばれるものの例である。具体的には、Pregroupでの型の並置は、monoidalカテゴリーのmonoidalテンソルに対応する。」

「文の意味を計算する数学的構造は、意味と型の二つを組み合わせたcompact closedカテゴリーとなる。」

素晴らしい!

こうした視点は、CockeがDisCoCatの言語理論をQNLP(量子論的自然言語処理)に拡張する際の指導原理になります。というのも、量子論もcompact closedカテゴリーに属するからです。

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blog 「DisCoCat −- CoeckeとBradley」
https://maruyama097.blogspot.com/2025/08/discocat-coeckebradley.html

スライド「DisCoCat −- CoeckeとBradley」のpdf ファイル
https://drive.google.com/file/d/1VRQEAJcb8bmI_bs7RIDEOzsKSDnj8azT/view?usp=sharing

ショートムービー「DisCoCat −- CoeckeとBradley」
https://youtu.be/2K8Gu6BQ8MI?list=PLQIrJ0f9gMcOZLKdK6IfNYLNClKCYoYWb

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