DisCoCatの展開 −- CoeckeのQNLP
【 意味はエンタングルする 】
このセッションでは、DisCoCatの創始者である Bob Coecke が、現在どのような研究をおこなっているのかを紹介しようと思います。
彼はDiCoCatの枠組みを、ことばの意味を量子状態として捉える方向で発展させ、QNLP : Quantum Natural Processing 量子論的自然言語処理の理論を展開しています。
最近では、実際の量子コンピュータの上でQNLPの実証実験がはじまっています。
「ことばの意味を量子状態として捉える」というのはどういうことなのかを説明してみようと思います。
セミナーの前半で見たように、現代の大規模言語モデルの成功は、主要に、語や文の意味を多次元のベクトルで表現する「意味の分散表現」の採用によってもたらされたものです。
CoeckeのQNLPでは、例えば、一つの名詞の意味は一つのqubitの状態で表現されます。
一見すると、大規模言語モデルでのように、語の意味を多数の実数の組、多次元ベクトルで表現する方が強力なように思えるかもしれませんが、そうではありません。一つのqubitは、たとえ一つでも、無限に多くの状態を表現することができるからです。
名詞だけではなく、形容詞の意味の表現を考えてみましょう。
「黒い帽子」という表現で、「黒い」という形容詞は、「帽子」という名詞の意味を表す 1-qubit の状態に働きかけて、「黒い帽子」という意味を表す 1-qubit の状態を作り出すものと考えることができます。
「黒い」という形容詞の働きは、別の解釈もあります。それは「名詞句」を作るものとして形容詞を考える解釈です。「黒い」という形容詞は、名詞とつながる腕と、文法的には名詞として振る舞う名詞句を返す腕、都合二本の腕を持っているものと考えます。二本の腕(脚といってもいいのですが)を持つものは、二つのqubitのテンソル積として表現されます。
形容詞は、みかけは異なる二つの解釈を持つのですが、この二つは、同じものであるはずです。そして、この二つが同じものであることを説明するうまい方法があるのです。
それは、とても奇妙な説明に思えるかもしれないのですが、語と語をつなげて別のフレーズを作るという操作は、語の意味同士をエンタングルさせることだと考えることなのです!
Coeckeは、「黒い帽子」というフレーズを構成する図式は、「量子テレポーテーション」の図式と同じものだと言います!
QNLP 量子自然言語処理というのは、昨年ノーベル賞が与えられたエンタングルメントという奇妙な物理現象に、身近なことばとその意味を舞台に、まったく新しい解釈を与える枠組みでもあるのです!
スライドの最後に、CoeckeがOxford大学で担当している講義のシラバスを紹介しておきました。人工知能論、意味の形式的理論、意味の分散表現論、そして量子論。これらをキチンと教えようとしています。素晴らしい!
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