エンタングルメントをめぐるドラマ #2
【3/27 「楽しい科学」ダイジェスト -- エンタングルメントをめぐるドラマ #2 】
量子論と相対論の「対応」の発見
エンタングルメントの発見をきっかけとした、アインシュタインの量子論批判と、ベルによるそれへの反論、量子論の擁護を見てきました。
ただ、こうした「論争」が、20世紀の科学の主要な関心事だったわけではありません。極微な世界を記述する量子力学と巨大な時空を記述する重力の理論である相対論という二つの物理学理論は、それぞれの領域で、大きな成功をおさめてきました。我々の物質・生命・宇宙に対する理解は、20世紀をつうじて飛躍的に進みました。
ただ、それぞれ異なる理論体系に基づく物理学が二つあるというのは、奇妙なことです。少なくない物理学者が、「これこそが、物理学の中心問題だ」と信じて、量子論と相対論を一つの物理学に「統一」する課題に取り組んできました。ただ、それは、20世紀には成功することはありませんでした。
20世紀も終わりの1997年、マルデセーナは21世紀の物理学の扉を開く重要な発見をします。
それは、d+1次元の時空を記述する重力理論AdS(Anti-de Sitter Space)と、d次元の場の量子理論CFT(Conformal Field Theory)が「対応」していることの発見です。この対応を「AdS/CFT対応」と言います。
この「対応」では、重力理論が d+1次元で量子論がd次元ですので、相対論(重力理論)と量子論の次元が一つずれていることに注意してください。スープの入った缶詰で例えて言えば、相対論は缶のない中身のスープの理論で、量子論はスープのないスープをつつむ缶の理論だと言うことです。
このことは、20世紀の多くの物理学者の努力にもかかわらず、相対論と量子論の「統一」の試みが成功しなかった理由を、ある意味で説明します。二つの理論は、棲んでいる世界の次元が違うのです。ブリキの缶の外側をいくらなぞっても、スープのことはわからないし、逆に、いくらスープを舐めても、缶のことはわからないのと同じです。
それにもかかわらず、重要なことは、二つの理論には「対応」が存在すると言うことです。
マルデセーナの発見は、「スープと缶は、無関係ではなく関係がある。」ということでした。「缶を調べれば、スープのことがわかり、スープを調べれば缶のことがわかる!」
それは、文字通り、相対論と量子論の二つの理論の「接点」の発見でした。重力理論(スープ)に「境界」を接して量子論(缶)が、棲んでいたのですから。これは、「境界」の重要性の発見でもありました。(「再発見」といっていいかもしれません。それについては、後で述べます。)
「AdS/CFT対応」は、二次元の画像で三次元の立体像を投影するホログラムにたとえて「ホログラフィー原理」と呼ぶことがあります。
今回、エントロピーの話が出てきませんでした。それについては、次回。
コメント
コメントを投稿