ランベックとカテゴリー文法

ランベックは数学者で、60年近く昔の1950年代に言語学で重要な働きをする。ちょうどチョムスキーが活発に活動を始めた時期だ。彼は「ランベック計算(Lambek calculus)」という手法を導入して、「カテゴリー文法」という分野を作り出した。
ただ、ランベック自身は、その後長いこと言語学から離れていたのだが、晩年(彼は、2014年に死去する)に、また言語学に関心を寄せる。2008年の "From word to sentence: a computational algebraic approach to grammar" https://goo.gl/b2DbFD は、その時期の代表的な著作だ。
カテゴリー文法というと、先日紹介した「応用カテゴリー理論 ACT」のように、文法理論に数学のカテゴリー理論を適用したものと思うかもしれないが、実は、違うのだ。(もっとも、現在では、数学のカテゴリー理論の側からの、カテゴリー文法へのアプローチは、活発に行われている。それについては、後日に、紹介する。)
カテゴリー文法でいう「カテゴリー」というのは、古い文法でいう「品詞」という分類を、さらには、最初期のチョムスキーの句構造解析での諸範疇を、文は語から構成されるという観点から、拡大したものだ。
例えば、「文(S)は、名詞句(NP)と、それに続く動詞句(VP)から成る。」とか「名詞句は、限定詞(Det)と、それに続く名詞(N)から成る。」という文法規則で、S, NP, VP, Det, N は、カテゴリーである。
ただ、それだけだと、句構造文法と変わらない。カテゴリー文法のカテゴリーは、もっと豊かである。簡単な例をあげよう。(これも、ランベックの初期のスタイルの簡単な例なのだが)
"the boy made that mess." という文に出てくる一つ一つの語に、次のようなカテゴリー(「型」と言っていい)を割り当てる。
  the --> NP/N
  boy --> N/N
  made --> (NP\S)/NP
  that --> NP/N
  mess --> N
Nは名詞、NPは名詞句、Sは文 だと思えばいい。
ここでは、"the", "that" は、同じ型 NP/N を持つことがわかる。ところが、動詞 made の型が、ややこしいことに気づくだろう。
これには理由がある。与えられた語とそのカテゴリーの並びから、簡単な変形ルールで、文を構成する為には、この型付けが役に立つのだ。
ルールは、次の二つだけである。
  X/Y, Y --> X
  Y, X\Y --> X
すなわち、Yの左に X/Y が並んでいれば、Xに書き換え、Yの右にX\Yが並んでいれば、Xに書き換える。それだけで、元の語のカテゴリーから、文Sが生成できるのである。(図)
このスタイルは、第一に、語と文の構造の解析に数学的な見通しを与え、自然言語処理のコンピューター上での実装を容易にするという点で興味ふかいものである。
第二に、詳しくは後述するが、チョムスキーらの近年のminimalist programとこのアプローチは、とても相性がいいのである。連接する二つの型から一つの型を導出するカテゴリー文法の書き換えルールは、minimalistの中心的なオペレーションであるMergeの自然なモデルを与えるのだ。


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