「局所平衡仮説」の導入と不可逆過程の熱力学の基本式

【 「局所平衡仮説」の導入と不可逆過程の熱力学の基本式 】

今回のセッションでは、プリゴジンの非平衡熱力学の基礎となった系のエントロピー生成の基本式の定式化の話をしようと思います。

その話に入る前に、前回、途中まで述べかけたLyapunov関数の話を続けようと思います。

エントロピーSは孤立系に対するLyapunov関数です。ヘルムホルツ自由エネルギーやギブス自由エネルギーなどの熱力学ポテンシャルも、また、Lyapunov関数であることは、先のセッションで見てきました。

これらすべての場合において、系は熱力学的ポテンシャルの存在を特徴とする平衡状態へと発展します。平衡状態は、非平衡状態がそれへと引き寄せられる「アトラクター」なのです。

【 Lyapunov関数と系の安定性 】

Lyapunov関数とは、力学系で定義される連続なスカラー関数$V$で、$y≠0$の時、常に正の値を取る関数のことです。

「連続なスカラー関数$V$」はポテンシャルの関数として解釈できます。

スライドに、Lyapunov関数 $V$が位置エネルギーであるときに、高い場所に置かれた物体は不安定で、位置エネルギーを運動エネルギーに変えて、位置エネルギーは最小の位置である平衡点に移動しようという傾向を持つことを絵にしてみました。この平衡点で物体は安定します。Lyapunov関数は、系の「安定性」に関わっています。

系の「安定性」の議論は、プリゴジンの非平衡熱力学の重要な概念である、「ゆらぎ」「分岐」「散逸構造」に繋がっていきます。それらは、生命過程を一つのモデルとする「自己組織系」の「創発」を基礎付けるものです。

【 非平衡の熱力学の基本式 】

先のセッションでは、エントロピーの生成を表す式として$𝑑_𝑖 𝑆≥0$を考えていたのですが、この不等式から得られる情報は、平衡状態$𝑑_𝑖 𝑆=0$が与える情報に比べても、とても少ないものです。

熱力学第二法則の不等式による定式化は、通常の意味で明確に定義された理論というよりは、(符号を除いて) エントロピーの生成については正確なことは何も語っていないことに注意する必要があります。この不等式の有効範囲さえも特定されていないのです。

これが、熱力学の応用が基本的に平衡過程に限られていた主な理由の一つです。熱力学を非平衡過程に拡張するには、エントロピー生成の明示的な式が必要になります

この問題は、平衡状態以外でも、エントロピーは平衡状態と同じ変数にのみ依存すると仮定することで解決されることになります。これが「局所」平衡の仮定です。

この仮定が受け入れられると、単位時間当たりのエントロピー生成量𝑃は次の式で表されることになります。
$$P = d_i S / dt = \sum  J_p X_p$$
ここで、$𝐽_𝑝$は関与する様々な不可逆過程(化学反応、熱流、拡散...)の流れであり、$𝑋_𝑝$は対応する一般化された力(親和力、温度勾配、化学ポテンシャル...)です。

これが不可逆過程のマクロな熱力学の基本式になります。

ここで留意すべきことは、このエントロピー生成の明示的な式を導くために、いくつかの仮定を用いたと言うことです。基本的には、この式は、平衡点の近傍においてのみ成立します。

熱力学的平衡では、すべての不可逆的過程𝑝において、同時に次のようになることが求められます。 
$$𝐽_𝑝=0  かつ 𝑋_𝑝=0$$
したがって、少なくとも平衡付近では、流れ $𝐽_𝑝$ と力 $𝑋_𝑝$ の間に $L_{pp'}$ を係数の行列 として線形の均質な関係があると仮定するのはごく自然なことです。 
$$J_p = \sum L_{pp'} X_{p'} $$
このようなスキームには、熱の流れが温度勾配に比例することを表すフーリエの法則や、拡散の流れが濃度勾配に比例することを表すフィックの法則のような経験則が自動的に含まれています。

このようにして、この関係で特徴づけられる不可逆過程の線形熱力学が得られることになります。

不可逆過程の線形熱力学は、次のセッションで見る 「Onsagerの相互律」「Prigogineの最小エントロピー生成定理」によって新しい段階に入ることになります。


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ショートムービー「 「局所平衡仮説」の導入と不可逆過程の熱力学の基本式 」を公開しました。

https://youtu.be/gcd-0PjkuDM?list=PLQIrJ0f9gMcM1CSCpFfUuf25kD7b1JMM2

資料 pdf「 「局所平衡仮説」の導入と不可逆過程の熱力学の基本式 」

https://drive.google.com/file/d/10S0fkUWyD3e571mtfPU6UvR5_MDb1AnT/view?usp=sharing

blog:「 Lyapunov関数と系の安定性 」 
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