複雑性の理論の新展開 -- 量子マネー

先日のマルレクでは、エントロピーの歴史を中心に、ボルツマン、シャノンから量子情報理論の入口のところまでの話をし、科学の基礎理論のレベルで、100年に一度の大きな変化が起きているという話をした。
現実的な課題との接点では、凝縮系物性論に大きな変化が起きていて、それが、21世紀の新しい量子デバイスや高温超電導マテリアルの創出に結びついていくだろうと示唆した。
時間の関係で、マルレクでは、複雑性の理論については、資料は少し用意したのだが、あまり語ることができなかったので、少し補っておこうと思う。
ここでも大きな変化が進行中である。
基本的には、ゲーデルやチューリングの「計算可能性」(あるいは、「計算不可能性」)の理論として出発した複雑性の理論が、単なる形式的・数学的な理論として閉じているのではなく、物理の基礎理論と深いつながりがあることが発見されていくのである。
この分野で、もっとも目覚ましい理論的成果は、ブラックホールで情報が失われるか否かをめぐる長い論争の現代版であるAMPS Paradoxの、ハーローとハイデンによる「解決」である。それらの理論的オーバービューについては、別の機会に紹介したいと思う。
ここでは、こうした現代の複雑性理論の「現実的な課題との接点」について触れてみようと思う。それは、「量子マネー」である。
誰でも、それが真正の通貨であることを知ることができるが、発行者しか、それを生成しコピーすることができない「量子通貨」の研究が活発に行われている。
それは、現在の「暗号通貨」と基本的には、同じ考えに基づくものなのだが、依拠する暗号化のメカニズムが異なる。量子暗号化は、現代の暗号化技術の最大の脅威とみなされることのある量子コンピューターによっても解けない暗号化である。
こうした研究は、今までは、あまり現実的な意味を持たないと考えられていた。量子コンピュータだってちゃんと動いていないのだから。僕が知っている、Shorのアルゴリズムに基づく、量子コンピュータでの素因数分解の最大の成功例は、15を3 x 5 に分解することだった。
ただ、冒頭に述べた新しい量子デバイスの登場が、状況を大きく変える可能性はある。
何も、量子デバイスを、どこかのセンターに鎮座する量子コンピュータと考える必要はないのだ。みなが持ち運ぶデバイスで、量子マネーを実装するというのが、ずっと未来的で面白いと思う。
Scott Aaronsonが、この分野でも、活発に活動している。
"Quantum Copy-Protection and Quantum Money"
https://www.scottaaronson.com/papers/noclone-ccc.pdf
彼によれば、量子状態を通貨に利用しようというのは、40年前のWiesnerのアイデアだという。
もう一つ、去年のScott の講義録。
"The Complexity of Quantum States and Transformations:
From Quantum Money to Black Holes"
https://arxiv.org/pdf/1607.05256.pdf
「量子マネーからブラックホールまで」すばらしい!

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