「無言の誓い」-- Grothendiek, Lawvere and Voevodsky

グロタンディックに頼まれたカルボーニは、自分のアルファ・ロメオにローヴェールを乗せ、南仏の田舎のラベンダー畑の中のグロタンディックのボロ家に、彼を連れて行った。1989年のことだ。
2013年にカルボーニが亡くなった時、ローヴェールは、追悼文の中で、今まで知られてなかった事実を、初めて明かしている。
この時、グロタンディックはローヴェールに、自分が書きためた "Pursuing Stacks" の草稿の編集と出版を引き受けてもらおうとしていたというのだ。僕はローヴェールの「おっかけ」だったので、この「人選」は妥当なものだと思う。
(IT業界でたとえれば、ビル・ゲイツとスティーブ・ジョブスが、大事なビジネスの話で密会したようなもの)
グロタンディック後期の代表的な論稿 "Pursuing Stacks" は、1983年頃に書かれたものだ。ただ、数学のアカデミーに背を向け田舎に隠棲していたグロタンディックのこの草稿の存在が広く知られるようになったのは、1990年代に入ってからだと思う。それは、草稿のコピーの形で人から人へと回覧された。
ローヴェールとグロタンディックの1989年の話に戻るが、面白いのは、この時、グロタンディックは、宗教的な「無言の誓い」の行の真っ最中で、話すことも数学について語ることも自分に禁じていたらしい。
人に頼みごとをしようとしていて、「無言の誓い」もないものだが、こんなすれ違いが起きるのは、グロタンディックの家には、電話がなかったからだと思う。(ビル・ゲイツが貧乏で、電話を止められていたと思えばいい。)
でも、ローヴェールの突然の訪問が、嬉しくないわけはない。グロタンディックは、紙に "Bill !" と書いて、ローヴェールに示したという。
二人が会って数学の話をしないわけはない。数学については語らないというグロタンディックの誓いを、彼は自分で破ることになる。でも、しばらくは、筆談で数学の話をしたらしい。
最初から前途多難だが、まだ、続きがある。それについては、次回に。

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