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自然

この前、5月なのに、サロマで39.5度になったりして、北海道のこと、ちょっと心配している。 6月末には、サロベツ原野にいっせいにエゾカンゾウの花が咲く。見事なものだったのだが、このところパッとしない。湿原が乾燥化して、ササが侵入しているのだ。 乾燥化は、異常気象のせいというより、牧草地が拡大し用水路が整備されて水の流れが変わり、湿原の水位が下がったことが影響しているらしい。 都会から来た人は、どこまでも続く緑の牧草地をみて、「すごい、大自然!」と感激する人も多いのだが、花いっぱいのサロベツ原野をみて欲しかったと思う。牧草地は、本当は「自然」ではないのだから。 まあ、それでも、「全部が、ゴルフ場みたいだ!」といわれるよりは、ましだと思う。(意外と多い。ビジネスマンに。) 連休中に、稚内に帰って、ペンケ・パンケで、数万羽の(ごめん。数えてはいません)鳥の群れを見て、すごい! みんなにも見せたいと思った。一瞬、観光資源になると思ったのだが、多分、無理だと気が付いた。だって、僕一人が近づいても、何千羽が逃げ出すのだから。    地元紙の記事で、僕の家の近くの「大沼」にも、今年は白鳥が三万数千羽飛来したことを知った。昔はここに白鳥なんかこなかった。「白鳥おじさん」という人がいて、彼が大沼で地道に餌付けをしていた。 でも、「白鳥おじさん」の努力のせいだけでないと僕は思う。 かつて稚内市は人口6万を超えていた。今は、三万数千に減少している。今に、人口が飛来する白鳥の数より少なくなるのかもしれない。(昔から、牛の数には負けていたのだが。) 過疎が進むと、自然が戻るのだと思う。 サロベツを脅かすササの話に戻ろう(牧草地のことはおいておいて)。宗谷地方には、高い木がない。100年ぐらい前に、大きな山火事があって、森が全て失われ、ササが跋扈するようになったらしい。 昔、稚内の大学にいた頃、北大の演習林の人たちと仲良くなって、シュマリナイの演習林の施設で講演をしたことがある。そこで聞いた話が面白かった。(そこでご馳走になったコイ料理もうまかった。シュマリナイ湖は人造湖で、コイも養殖している) 「先生、今は、ササが圧倒的に勝っているように見えますが、時間が経てば、ササは木には負けるんです。300年もすれば、鬱蒼とした森林が復活します。」 そ

Moscaの定理

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「ひとつ、ふたつ、みっつ、あとはたくさん。」 幼児は、数えることを学んでも、すぐに50まで数えられるわけではない。未来の技術予測に関しては、僕らも、それに似ているのかもしれない。 確かに、経済人には、もっと長い展望で物事を考えている人はいるのかもしれないのだが。ただ、その経済人が暗号通貨に興味を持っているなら、是非、知ってほしい「定理」がある。 それは「Moccaの定理」という定理だ。 NISTが「ポスト量子暗号」のインフラづくりの緊急性を訴える時、繰り返し強調している「定理」である。決して理解が難しい定理ではない。 ただ、それを理解するには、僕らの技術的日常に染み込んでいる「ひとつ、ふたつ、みっつ」の世界から、要するに数年先のことしか考えないという世界から、すうっとその先に時間感覚を広げないといけない。 こういう定理だ。 xを、我々の現在の暗号技術が、何年有効であってほしいか、その年数とする。 yを、量子コンピュータの攻撃に耐える暗号インフラを構築するのに必要な年数とする。 zを、大規模な量子コンピュータが構築されるまでの年数とする。 【 Moscaの定理】 この時、x+y>z なら、暗号は破られる。 yについては、NISTは、現在の公開キー暗号のインフラを作ってきた経験から、y=20年はかかるだろうと予測している。 もしも、僕の作った暗号通貨MaruCoinが、50年は安全でいてほしいと思ったとする。x=50だ。 一方で、僕は、大規模な量子コンピュータシステムは、あと30年ぐらいでできると考えている。z=30だ。 x+y = 50+20 > 30 (z) 要するに、僕のMaruCoinは、量子コンピュータが暗号破りに使えるようになった 30年後から、40年間も破られ続けるということになる。 それは、僕のコインが50年は安全でいてほしいという希望と、量子コンピュータが30年後には実現するかもしれないという予想が矛盾していることを示している。 もちろん、未来の予測と希望からできている式なので、x,y,zの値は、自由に選べる。 僕は、僕のコインがボロボロにされるのは嫌だから、zを80まで増やすことにする。要するに、21世紀中には量子コンピュータなんかできないと考えることにする。

僕は「採血」が苦手だ。

僕は「採血」が苦手だ。 医者になっていたらきっと「採血」下手だったろうと思うが、幸いなことに医者ではないので、人に迷惑をかけたことはない。僕は、「採血」されるのが苦手なのだ。 時々、病院に行くのだが、第一関門の「検査室」では、20人近くが並列に採血されていく。こんなに採血する人がいるのに、僕は、一度も「うまい」ひとに当たったことはない。 僕の場合、一回では血が取れず、平均すると三回くらい針を刺されることになる。 この前、同じ病院で人間ドックを受けたのだが、3人が入れ替わりで僕の採血に「挑戦」して、普通5分もかからない採血に、40分以上時間がかかった。 悪いと思ったのか「主任」さんらしい人(採血に失敗した二人目の人)が、人間ドック最後までエスコートしてくれた。VIP待遇で後の検査は割り込みありで待つことなくスムーズでありがたかったのだが、それは、グループに分かれて流れ作業で進むはずの検査の流れが乱れたから、現場で調整が必要になったからだと思う。 人の顔の作りがみな違うように、僕の腕の血管の流れ方もちょっと違うようだ。顔にたとえれば、きっと、ピカソの絵のように、鼻の位置がずれて、ひん曲がった不恰好な顔をしているのだろう。(でも、それは、僕のせいではない。いや、やはり、僕のせいかな?) 今日は、一回で、採血が終わった。 今日の彼女は、違っていた。 針を浅く刺す。血管に当たるまで、注射針の根元まで深く刺す。それでもダメなら、針を抜かずに、針の向きを変えて同じことをする。この針で「まさぐる」のは、これまでも経験がある。ただ、二度ぐらい「まさぐる」とたいていの人は諦めて針を抜くのだが。 今日の彼女は、諦めない。そして、針を抜かない。なんども浅く深く向きを変えて「まさぐる」。 そりゃ、僕の血管がいくら変なところを通っているかもしれないけど、血管がないわけではないので、このやりかたなら、いつか血管に当たって、血が出ますよ。 検査室の人は、採血が終わると、みなが「お大事に」という。それは、たいていは、検査の対象の病気と病人に対する気遣いの慣用句なのだが、僕の場合は、検査へのお詫びになっている。そう言われてもねとも思うのだが。 世が世ならば、僕の血管配置の「ドラキュラ耐性遺伝子」ともいうべきものが、人類を救うのだと思うこと

ビットコイン、イーサリウムと新一万円札は、どちらが長持ちするか?

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楕円関数暗号への投資の抑制を訴え、楕円関数暗号が量子コンピュータの前には「多くの人がかってそうなるだろうと期待したような長期間にわたって有効なソリューションではない」というNSAの警告に耳を傾ける必要があると思う。  NSA "Commercial National Security Algorithm Suite"   http://bit.ly/2YExs1M 多くの人は、こうした警告を知らないか、あるいはその警告がビットコイン、イーサリウムといった暗号通貨の暗号技術の脆弱性に対する警告であることに気づいていないように思う。 誤解を避ける為に言っておきたいのだが、僕は何も、暗号通貨やブロックチェーン技術がダメだと言いたいわけではない。(実際、僕の友人の多くも、こうした技術にコミットしている) 確かに、現在実装されている暗号化が、現在のコンピュータの計算能力では解けないのは、確かだと思う。すぐにでも、暗号通貨に、破局が訪れるというつもりはない。しかし、問題なのは「現在のコンピュータ」の計算能力の問題ではなく、これから台頭するだろう「量子コンピュータ」の計算能力である。 もう一つ大事なことは、量子コンピュータの「攻撃」に耐える暗号化の標準を NSAもNISTも策定中だということである。こうした量子耐性を持つ暗号化アルゴリズムを利用すれば、暗号通貨もブロックチェーンも、そのアイデアの本質的な部分は、存続していくと思う。 ただ、その存続のためには、強い暗号が必要なのだ。 「RSA-2048暗号は、2026年までにはその1/7が破られ、2031年には1/2が破られるだろう」    https://eprint.iacr.org/2015/1075.pdf というMoscaの予想が正しいとすると、2024年に発行予定の新一万円札が登場して10年も経たないうちに、ビットコインもイーサリウムも、ボロボロに破られるということになる。 その時期がいつになるのかは、僕には正確にはわからない。僕は、Moscaより、もう少し先のことだろうと考えているのだが、それが2050年代だとしても、問題は深刻である。 注意しておきたいのは、現在では、量子コンピュータは、国家か大企業のプロジェクトのレベルでしか

ビットコイン、イーサリウムと楕円曲線暗号

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ビットコイン、イーサリウム等の暗号貨幣のほとんどは、暗号化に楕円曲線暗号を用いている。 多くの人は、大きな数の素因数分解の難しさを基礎とするRSA暗号より、離散対数問題を解くことの難しさを基礎とする楕円曲線暗号の方が、強い暗号(その上暗号化の鍵のビット数も減らせて効率的)だと信じているように見える。 ただ、量子コンピュータからの「攻撃」に対して、楕円曲線暗号の方がRSA暗号より強いかと言えば、答えはノーである。楕円曲線暗号を、量子コンピュータは破ることができるのである。 このことについては、今度のマルレクで触れたいと思う。暗号貨幣・ブロック・チェイン技術について関心のある方も、ぜひ今度のマルレクに参加してほしいと思う。 https://qcrypt.peatix.com/ NSAの楕円曲線暗号についての次のような重要な勧告は、明確にビットコイン、イーサリウム等の暗号通貨のセキュリティの現状についての警告なのだが、そのことに皆が気づいているわけではないように思う。 「Suit Bの楕円曲線アルゴリズムへの移行を、まだ行なっていないパートナーならびにベンダーは、現時点で、そのための大きな支出せずに、その代わりに、来るべき量子耐性アルゴリズムへの移行を準備することを、我々は勧めてきた。」 「不幸なことに、楕円曲線の利用の拡大は、量子コンピューティング研究の絶え間ない進歩の事実と衝突するものである。すなわち、量子コンピューティングの研究は、楕円曲線暗号化は、多くの人がかってそうなるだろうと期待したような長期間にわたって有効なソリューションではないことを明らかにした。こうして、我々は、戦略の見直しを余儀なくされてきた。 」  NSA "Commercial National Security Algorithm Suite" http://bit.ly/2YExs1M Shorのアルゴリズムは、多くの人は素因数分解の量子アルゴリズムと考えているようなのだが、それはコインの片面でしかない。重要なことは、同じアルゴリズムが離散対数問題も解くということである。 Shorの原論文のタイトルは、"Polynomial-Time Algorithms for Prime Factorization and Di

リマインダ:6/3 マルレク「暗号技術の現在 -- 量子耐性暗号への移行と量子暗号」の受付を開始します。

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本日、5月20日 12:00から、6月3日開催のマルレクの申し込みの受付を開始します。お申し込み、お待ちしています。 https://qcrypt.peatix.com/view   講演のタイトルを、当初の予告「量子暗号と暗号通貨」から、「暗号技術の現在 -- 量子耐性暗号への移行と量子暗号」に変更しました。 今回のマルレクでは、アメリカのNISTやNSAの「量子暗号耐性暗号への移行」の動きを中心に、暗号技術の現在を紹介したいと思います。 暗号化技術の変化を決定づけた最大の要因は、Shorによる、量子コンピュータを使った素因数分解アルゴリズムの発見です。その発見は、1996年ですが、当時は一時的にはセンセーションを巻き起こしましたが、その後、長い間、暗号化技術に対する深刻な「当面の脅威」ではないと受け止められてきました。(あるいは、現在も皆さんもそう思っているかもしれません) NSAが、その脅威を本格的に警告しだしたのは、発見から20年後の2015年になってからでした。それは、この間の量子コンピュータ技術の大きな発展を反映しています。 ある学者は、2015年のこのNISTのカンファレンスで次のように述べています。  「RSA-2048暗号は、2026年までにはその1/7が破られ、2031年には1/2が破られるだろう」    -- Michele Mosca  https://eprint.iacr.org/2015/1075.pdf NISTは、2015年から "Post-Quantum Cryptography"の「標準化」の策定作業を開始し、2022-2024年には、そのドラフトを利用可能にすると言っています。 今回のマルレクの前半では、そうした流れをお話しします。 講演の後半では、「量子暗号」について、BB84と呼ばれる、秘密キーの共有プロトコルを紹介しようと思います。意外なことに、この量子暗号の原理は、いたってシンプルなものです。量子コンピュータのことを知らなくても、理解できると思っています。 残念ながら、時間の関係で、肝心のShorのアルゴリズムについては、あまり詳しく説明することはできません。今回のマルレクで削った、これらの内容については、フォローアップのセミナー等で、補っていきた

ごめんなさい

6/3のマルレクのタイトルを、当初の予告  「量子暗号と暗号通貨」 から  「暗号技術の現在 -- 量子耐性暗号への移行と量子暗号」 に変更しました。 限られた時間で、いろいろなことを詰め込むのはよくないと考えました。(最近、いろいろ反省しています) 予告にあった「暗号通貨とブラックホール」のトピックは、今回のマルレクでは触れないことにしました。 アメリカのNISTやNSAの「量子暗号耐性暗号への移行」の動きを中心に、暗号技術の現在を紹介したいと思います。 暗号化技術の変化を決定づけた最大の要因は、Shorによる、量子コンピュータを使った素因数分解アルゴリズムの発見です。その発見は、1996年ですが、当時は一時的にはセンセーションを巻き起こしましたが、その後、長い間、暗号化技術に対する深刻な「脅威」ではないと受け止められてきました。(あるいは、皆さんもそう思っているかもしれません) NSAが、その脅威を本格的に警告しだしたのは、発見から20年後の2015年になってからでした。それは、この間の量子コンピュータ技術の大きな発展を反映しています。 今回は、そうした流れを、量子コンピュータの知識を前提にしないで、お話ししたいと思います。(量子暗号のプロトコルは、ずっと簡単なものです) 今回のマルレクで削った内容については、フォローアップのセミナー等で、補っていきたいと思います。 具体的には、6月21日に、次のセミナーを開催します。平日夜間3時間のセミナーです。   「紙と鉛筆で学ぶ量子アルゴリズム2     Shorのアルゴリズムを学ぶ」 Shorのアルゴリズムは、量子コンピュータと量子アルゴリズムの歴史の中で画期的なものです。大まかなコンセプトだけでも、出来るだけわかりやすく解説できればと思っています。 6/3のマルレクに参加した人には、割引料金で参加できるようにします。是非、こちらのセミナーにもご参加ください。 (ごめんなさい。セミナーの写真にブラックホールの写真使っているのに、この補講でも「暗号通貨とブラックホール」の話は出てきません。いつか、「暗号通貨とブラックホールの情報問題」というセミナーやりますので、お待ちください。)

今、僕が悩んでいること

科学のダイナミックな発展の中で、物理の世界と情報と計算の世界が、どんどん近づいているのに、僕はワクワクしているのだが、これをみんなに(主要にはITの世界にいる人になるのだが)どう伝えていけばいいのか、少し悩んでいる。 現実的には、量子コンピュータや量子暗号あたりが、いい接点になるのだと思っているのだが。(それとても「現実的」だとは思われていない気もするが。) 当面、すこし、皆の関心との接点を探って、皆がわかることからアプローチしようとも思っている。ヘタレなアプローチではあるが、誰も関心を持ってくれないより、ましなのかも。 ただ、こうした対応で問題が解決するわけではないとも思う。 一つには、「教育」の問題がある。 量子コンピュータでもディープラーニングでも線形代数(と言っても、簡単な行列の計算でいい)の知識は必要だ。ただ、IT技術者が皆、行列の計算ができるとは限らない。 本来なら、高校で基本的な数学は教えられるべきだと、僕は思う。高校で学ばなかったことが、残念ながら、大学で補われることはほとんどない。これは大学の問題だ。 プログラミング教育の議論が盛んだが、現実的にも(教える先生も、施設も充実しているはず)、実践的にも(小学校よりは、ずっと現実の社会、就職先に近い)、一番重要なのは、大学でのプログラミング教育の充実・刷新だと、僕は考えている。 実は、高校・大学で学ばなくても、いつでもどこでも、いくらでも学ぶことはできる。技術コミュニティーでの勉強会、ネットを通じての情報の収集。学校制度に頼らずに、自分で学ぶという点では、IT技術者は先進的だと思う。 もう一つには、科学と技術とビジネスの関係を、どう捉えるのかという問題がある。 技術者がビジネスのことを意識するのは当然だと思う。ただ、ビジネス視点だけで科学を考えると、あまりいいことはないと思う。 このあたりのことを、試行錯誤しながら、もう少し、考えていきたいと思っている。

“From Qubits to Spacetime"

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スモーリンやバエズは、とびきり優秀な、でも、一風変わったところのある物理学者だ。スモーリンはライプニッツを語り、バエズはグロタンディックを語る。ペンローズもそうしたタイプの学者なのだが、そんな物理学者はあまりいるわけではない。僕は、彼ら、多分、ループ量子重力理論とくくっていいと思うが、のファンだった。(心情的には、今でもそうだ) 今回の連休は、去年の夏、プリンストン大学で二週間にわたって行われた「理論物理学の展望 -- Qubitから時空へ -- 」というセミナーのビデオをずっとみていた。こちらは、ウィッテン、マルデセナ、サスキンドといった、物理学の「主流派」の集まりにも見える。 https://www.ias.edu/ideas/pitp-qubits-spacetime 僕は、いい歳になってから物理の再勉強を始めたのだが、それはサスキンドのスタンフォードのビデオ講義を通じてだった。それしか方法がなかったのだが、正直にいうと、それ以来、サスキンドの語ることにあまり違和感を感じなくなった。ヘタレである。サスキンドは、スーパー・ストリングのボスの一人だ。 ただ、それは、通信教育で物理を学んだと言っていい僕に「定見」がないせいだけはないのだと思う。 確かに、20世紀後半の物理学は、多数派のスーパーストリング派と少数派のループ量子重力派に分裂していた。そのあたりは、スモーリンの本が多くのことを語っている。 ただ、21世紀の物理学の出発点になったのは、マルデセナによる、1997年のAdS/CFT対応の発見だった。それは分裂した二つの陣営にとっても大きな事件だった。そこから全てが変わったように見える。 AdS/CFT対応というのは、簡単にいうと、d次元の「かたまり」の中の重力理論と、d-1次元のそのかたまりの「境界」の中の量子論とが対応するという発見だった。100年来の、重力理論と量子論との統一という課題の大きな手がかりを、物理学は得たのだ。 二つの理論の住む世界は、1次元だけ次元が違うのだ! このことは、二つの理論の「統一」が難しかったことの背景を示している。エネルギーを上げていけば、二つの理論の「大統一」ができると信じていたのは、ナイーブだったのだ。 このセミナーの基調になっているのは、次のような認識である。 ● セミナーのタイ

「博士の異常な愛情 ... 」

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スモーリンは量子重力理論の第一人者だ。彼が、50年代のボームの理論(Bohmian Physics)を手がかりにして量子論の再構築をしようとしているのは、アインシュタインの重力理論と量子論の統一という、物理学の100年来の課題に挑戦しようとしているからだ。 彼の「素朴実在論」("naive realism" の"naive"を「素朴」と訳していいものかは、すこし微妙なところもあるのだが)の立場や、ライプニッツの「充足理由律」への注目は、自然あるいは世界に対する、ある意味「哲学的」関わり方が、自然科学研究をドライブする大きな力になることを示していて興味ふかいものだ。 今日、紹介しようと思ったジョン・バエズのアプローチも面白い。彼が、先々月、一般向けの科学雑誌「ノーチラス」に寄稿した記事「数学がニュートンを量子の世界に連れて行く」  http://bit.ly/2w0HaiA  は、グロタンディックの数学を使って、アインシュタインを飛び越えて、ニュートンと量子論を結びつけようというアイデアを述べている。 もう少し、彼の構想を説明しなければならないのだが、あるニュースを聞いて、それは次回にしようと思った。 バエズの記事のサブタイトルを見て欲しい。 「ある数学教授は、如何にして心配するのを止めて代数幾何を愛するようになったか」"How a math professor learned to stop worrying and love algebraic geometry." これは、キューブリックの次の映画の長い題名をもじったもの。 「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」"Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb" あるニュースというのは、このキューブリックの「博士の異常な愛情 ... 」が、4Kで復刻されて、今週、上映されるというものだ。残念ながら、ロンドンでだが。 http://cinefil.tokyo/_ct/17264853 予告編は、このページでも見れる。あらすじは、日本語wikiにも、まとめ

Bohmian Rhapsody

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スペルを間違えている訳ではないのだが。 連休中に、スモーリンの新著 「アインシュタインの未完の革命:量子を超えたところにあるものの探求」を読んだ。 https://www.amazon.com/Einsteins-Unfinished-Revolution-Search-Quantum/dp/1594206198 それは、ボーム(David Bohm)の理論の再評価を熱心に勧めるものだった。僕には、少し、意外だった。というのも、僕のボームのイメージは、神秘主義者のクリシュナムルティやダライ・ラマとも交流する「ニュー・サイエンス」の代表格だったから。 ただ、僕のボームに対する神秘主義というイメージは、一面的だったのかもしれない。というか、ボームについては、僕は、ほとんど知らなかった。彼がマッカーシズムでアメリカを追放されたことも、晩年に至るまで、一貫して「実在論」者であったことも。 この本でのスモーリンの議論の矛先は、「観測によって、波動方程式が収束する」という、ボーアらのコペンハーゲン派の量子論解釈に向けられている。 主観的に解釈された「観測」で自然法則が影響を受けることはない、我々の意識から独立に自然が存在する、という「素朴実在論」の立場に、スモーリンは、あくまで立ち帰ろうとする。それは、アインシュタインのボーア批判にもつながるものだ。 彼は、現在の量子論で普通に使われている「観測可能(Observable)」という術語を「存在可能(Be-able)」に置き換えようとする。"Be-able"は、Entanglementの存在を理論的に証明したJohn Bellが作り出した言葉のようだ。ド・ブロイやベルやアスペも、Bohmianの系譜に属することも、僕は、この本で初めて知った。 確かに、「宇宙」を考えてみれば、宇宙の外側に観測者がいる訳ではない。 この本を、ボームの再評価を勧めるものと先に書いたのだが、基本的には、この本のタイトルにもあるように、アインシュタインの再評価を、現在の物理学の到達点から行おうとするものだ。 スモーリンの長年の「論敵」であるサスキンドも、「ER=EPR」をスローガンに、ブラックホールを舞台に、アインシュタインの再評価を行なっているのは偶然ではないと思う。 この4月に、スモーリ

6/3 マルレク リマインダ

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6/3 マルレク「量子暗号と暗号通貨」のマルレク協賛会員の方の申し込みは、本日5/13 12:00から受付開始です。 https://qcrypt.peatix.com/view 告知ページに記載したNSAサイトのURLが、読み込めなくなっています。次のページに変更しました。 NSA: "Commercial National Security Algorithm Suite" https://apps.nsa.gov/…/progr…/iad-initiatives/cnsa-suite.cfm その一部を紹介します。2015年のものです。   ------------------------------------------   量子耐性アルゴリズムへの移行のための準備計画   ------------------------------------------ 現在のグローバルな環境では、我々の国家とその市民とその利益を守る上で、高速で安全な情報の共有が重要である。強力な暗号化アルゴリズムと安全な標準プロトコルは、我々の国家の安全に貢献し、安全への普遍的な要請と相互運用可能なコミュニケーションに向けた取り組みを助ける死活的に重要なツールである。 現在では、Suite B の暗号化アルゴリズムが 国立標準技術研究所(NIST)によって規定され、機密あるいは非機密の国家安全保障システム(NSS)を保護するソリューションの認可で、NSAの情報保証局で利用されている。以下で、量子耐性アルゴリズムへの移行のための準備計画について告知する。   ----   背景   ---- IAD は、そう遠くない将来、量子耐性アルゴリズムへの移行を開始するであろう。我々は、Suit B を展開した経験に基づいて、来るべき量子耐性アルゴリズムへの移行について、早いうちから計画づくりとコミュニケーションを開始することを決定した。 我々の最終的な目標は、量子コンピュータの潜在的な能力に対して、コスト効率の良いセキュリティを提供することである。我々は、合衆国政府、ベンダー、標準化団体をまたいだパートナーと共に、アルゴリズムの新しいSuitを獲得する明確な計画が存在することを保証するための作業を行なっている。そのアルゴリズムは

カート・ヴォネガット

今日は、カート・ヴォネガットの命日だ。 12年前の今日、彼が亡くなった日に、僕はアメリカにいた。Google IOだったかMS BulidだったかJava Oneだったか、なんかのカンファレンスでサンフランシスコにいたのだ。 参加したカンファレンスの中身はすっかり忘れているのだが、帰国の時に空港の書店に、彼の死を悼んで特設のコーナーが設けられていたのを、今でも覚えている。彼は、アメリカでは広く愛されている作家なんだと、改めて思った。 ハヤカワからたくさん本が出ているので、日本では、SF作家の一人だと思っている人も多いのだが、 最初に読んだのは、「スローター・ハウス5」だった。ナチスによるユダヤ人の虐殺を非難する「連合国軍」側も、空爆で無数の無辜の命を奪っているという視点は、僕には衝撃的だった。この本を読んでから、「ヒロシマ・ナガサキ」と聞くと、「トウキョウ・ドレスデン」を一緒に想い出すようになった。(もちろん、「アウシェビッツ・ダッハウ」も。僕は、ダッハウに行ったことがある。) 僕は、彼の熱心な読者になった。 SFなんか読まないよという人にも、「筒井康隆と井上ひさしと大江謙三郎を足して2で割ったような作家」だと紹介した。三人とも好きな作家なのだが、3で割らずに2で割ったところに、僕のヴォネガットに対する「敬意」を込めたつもりだった。 筒井康隆がノーベル文学賞を取れなくてもがっかりする人は少ないと思うのだが、村上春樹は、ヴォネガットの熱心な読者の一人だったと思う。(僕は、筒井も村上も好きである) ヴォネガットが、ノーベル文学賞にノミネートされたことがあったかは、僕は知らないが、20世紀の文学を代表する作家の一人だと僕は勝手に思っている。 彼は、ある作品の中で、彼の分身の一人に、ノーベル賞を与えている。文学賞ではなく医学賞なのがご愛嬌である。 もっとも、人間は、脳内の神経伝達物質(それらは「麻薬」の主成分でもある)の化学反応で動作する機械なのではという疑問は、彼の本で繰り返される主題の一つである。だから、ノーベル文学賞よりノーベル医学賞なのだと思う。 ヴォネガットが、彼が想像の中で作り上げた彼の分身キルゴア・トラウトに、ノーベル医学賞を与えるのは、「チャンピオンたちの朝食」の中でである。("Breakfa