2017年1月8日日曜日

複雑さについて(2) Compositionality

バークレイのSimons Instituteで、"Compositionality" というワークショップが開かれている。https://goo.gl/jhPwwe 
compositionality というのは、複雑なものが単純なものから構成されるという性質のこと。
巨大なコンピューターのプログラムも、それを構成しているのは、単純なstatementの集まりなので、こうした性質を持つ。また、僕が今書いている文章も、分解すれば単純な語の集まりなので、こうした性質を持つ。
プログラムでも自然言語でも、単純なものから複雑なものを構成するルールは、文法=syntaxとして与えられるのだが、我々が複雑なものを「把握」するスタイルは、必ずしもsyntaxの総和に還元されない。
もっとも、こう言い切るのが妥当かは微妙なところで、これらの例では、syntaxなしでは複雑なものは構成できないのである。
結論を先取りすれば、我々は、複雑なものを、その「意味 = semantics」で把握しようとする。
自然言語の場合、それは明らかだと思う。母語の場合、我々は、文法を意識することはない。それは、無意識のうちに自動的に処理され、我々は、その意味を、直接に(と言っても、それは、文法的なcompositionの結果なので、その意味では間接的に)、理解する。
プログラムでも、我々にとって重要なのは、それを構成する個々のコードの断片ではなく、その全体としての「働き」である。プログラムでも「意味論」は重要になる。いくつかの試みがある。
compositionality(構成性)は、reducibility (還元可能性)に、関連しているのだが、単純に、ベクトルの向きを変えれば二つの概念は等しくなるというわけでもなさそうだ。
無数の分子からなる(と言っても有限個なのだが)ガスの振る舞いを考えよう。そこでは、この系の持つ「情報」としては、個々の分子についての情報ではなく、「体積・温度・圧力・エントロピー」といった情報が有用である。
こうした統計力学的アプローチは、compositionalityを満たす系に一つのsemanticsを与えようとするものと考えることができる。もちろん、量子力学的系についても、そうしたアプローチは可能になる。
僕は、意味の形式的理論は、LawvereのFunctor Semanticsで十分だと考えていたキライがあるのだが、どうも、もっと色々考えるべきことはあるみたいだ。
図は、ワークショップ冒頭のPrakash Panangadenの"Semantics for Physicists" https://goo.gl/zPmE4t の講演スライドから。
「正確に規定された動的システムの発展を記述する」(多分、これが彼の考えるcompositionalityのsemanticsの「意味」)という観点から、プログラムの意味論と物理学の意味論を比較している。こういう切り口もあるんだなと面白かった。
ワークショップの最終講演には、Denotational SemanticsのDana Scottが出るらしい。懐かしい名前だ。


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